約 301,122 件
https://w.atwiki.jp/gudouingakuen/pages/36.html
アリアンロッド求道胤学園至天戦線第三話 リプレイ 今回予告 オリエンテーションを通じて知り合い、学園生活で確かな友情を育む新入生たち そんなある日、テオスにより新人戦の開催が告知された。 レクリエーション大会と銘打ってはいるが内容は紛れもない戦争だった。 賞品である『熾天の穴蔵』への探索権利を賭け今、新入生たちは火花を散らす。 アリアンロッド求道胤学園至天戦線第三話『砲煙弾雨、戦慄のレクリエーション大会』 ――激突、花騎士!! オープニング 学園に入学して一月経ったある日、兄から手紙が届いた。 『やぁー、アーク。元気してるかい。こっちは父さんも母さんも兄さんも元気だよー。 学園に入学して一月経ったわけだが、まあそんな訳で近況報告もかねての御手紙です。ちゃんと返事を書けよな。ちなみに、父さんと母さんが書くって言って聞かなかったのだが、お前の心労を鑑みて兄さんが書きましたー。ナイスだろ、グッドだろ、超ファインプレーだろ?感謝して朝晩我が家の方角へ兄さん大好きマジサイコーのお祈りを欠かさないように。 まあ冗談はこの辺にしておいて、実は学園の情報は俺も自分でちょっぴり集めてます。つってもクロムウェル卿との取引で彼のパイプを使わせてもらってるだけだけどな。小銭をせびられたがそれで色々聞かせてもらったよ。ま、相当に胡散臭い男だったし踏み込んだ事は聞かせてもらえなかったけどね。 それでも色々とルールや前提については把握できたつもりです。それで、アークがこの先ぶつかることになるであろう、ヴァンスターの新入生エヴァラール=フローはかなりの実力者だと聞いています。アークが戦ううえで必ず大きな障害となるでしょう。しかし、お兄ちゃんなら排除してやることが出来ます。 何故なら我が家はフロー家に対して大きな借りがあるからです。数年前にヘマをして領内で火事を起こした際に当家は負債の一部を肩代わりしてやったのです。その借りを使えば実家とヴァンスターの政治的な力を使って彼を学園から排除してやることが出来ます。ですので、お兄ちゃんはアークの為を思って 何もしない事にしました。アークはそう言う処自分でどうにかしたいタイプでしょ。自分の生き方にちょっかい出されて、それをしたたかに利用するタイプじゃなくて、むしろ屈辱だと思うタイプじゃん?だからフロー君の事はパパにも内緒にしてあります。どう?このお兄ちゃんのナイスプレイ?褒めてくれて構わんよ。 んま、そう言う訳で、しんどいだろうけど頑張れよ。応援してるから。それじゃあ、正月と盆くらいは帰って来いよ。 最高のお兄ちゃんより』 「うぜぇ……」 読み終えたアークは大きなため息を吐いた。例え心遣いは嬉しいにせよ。 「兄ちゃん、文章が暑い……」 しかし言葉とは裏腹にその場でアークは返事を認めたのだった。 その昼、アークは廊下でばったりとフローと出くわした。 「君は……」 「お、フローじゃん」 気安い調子のアークとは対象にフローはやや緊張した面持ちで後ずさった。そして不承不承といった様子で軽く頭を垂れた。 「すまなかった」 「ん?」 戸惑うアークは聞き返した。 「……苗字が同じだとは思っていたのだが、君がまさかケラウノス家のご子息とは思わなかった。失礼な態度を取り、誠にすまなかった」 「頭を上げてくれよ」 慌ててアークは制した。 「しかし、当家はケラウノス家に莫大な借りがある。それを思えば……、俺は……」 「それは親の話だろ」 明るくアークは笑いかけた。 「俺達には関係ないよ。気持ちよく行こうぜ」 「そうか」 彼は顔を上げた。 「そう言ってくれるのか」 アークの言はある種の甘えと傲慢が見え隠れした態度といえなくもない。しかしフローにとっては彼は胸襟の開けた好漢に見えた。 「恐らく、これから先ぶつかる事もあるのだろうが……」 「ああ、勝つのは俺だが正々堂々闘り合おうよ」 「うむ、誇りある戦いをしよう」 二人、友として固い握手を交わしたのだった。 数日後のある夜、実家を出た解放感に浮かれアークが街を歩いていると言い争う声を聞いた。路地裏を覗いてみると一人の少女を複数の少年たちが囲んでいた。 少年たちは怒りで紅潮した顔で少女に怒声や罵声を浴びせていた。少女がどのような表情をしているか人垣が邪魔でアークからはうかがい知ることが出来ない。しかしどう見ても剣呑な奮起を刺したアークは義侠心に駆られ仲裁に入ろうとした。 「おいおい、アンタら落ちつけよ」 「はぁ……、馬鹿みたい」 侮蔑するように少女が吐き捨てると、少年の一人が激昂して殴り掛かった。 「お、流石に見過ごせんな」 魔力を励起させ微弱な電気を練るアーク、気付けには丁度いいショックとなるだろう。 しかしそれより早く少女の片腕が疾った。 力無く振られたそれは男の鼻先を掠めただけだった。 だがその直後、男の体が微かに震えたかと思いきやまるで銃器にでも殴り飛ばされたように血反吐を撒き散らしながら吹っ飛んだ。 「おやおや、女の細腕一つに気後れしてそんな大げさに後ずさるなんて、貴族の誇りとやらは吹けば飛ぶような軽薄なのですね」 明確な侮蔑と嘲笑を受けて少年たちは怒声を張り上げて一斉に殴り掛かった。 しかし、次の瞬間に辺りに響いたのは少年たちの悲鳴と絶叫だった。 少女は攻撃らしい攻撃を仕掛けてはいない。 振り下される棒切れを体捌きで躱し、或いは腕で受け流し、そして距離を詰めてくる少年を軽く手で押して引き剥がす、その程度だ。 ただそれだけで少年たちの獲物はへし折れて、少年たち自身も木っ端の様に吹っ飛ばされた。それだけではなく、暴虐の嵐に襲われた少年たちは腕が折れ、或いは血反吐を撒き散らして気絶した。 全て倒したあとに少女はアークに気付いたようだった。 「おや、珍しい。今日は後詰めまで用意していたのですか。うーん、熱心なのは評価しますが度が過ぎるしつこさは逆効果というのが一般論だと思いますよ」 怜悧な視線で一瞥すると構えた。 「さあ、どこからでも掛かってきなさい」 その佇まいに緩みは無く、鋼の巌に満ちていた。 「ちょっと待て!!どっちかって言うと俺はあんたサイドだぞ!!」 慌てて誤解を解くと、彼女はクスリと笑った。 「アハハ、冗談ですよ。助けに入ろうとしてくださったんでしょう?実は見ていました」 そう言って悪戯っぽく舌を出す彼女はアークよりもやや小柄なごく普通の少女だった。ただ、その装いは何処かオリエンタルな気配を感じさせた。 「にしても驚いた。どんな魔法か知らないけどアンタ強いんだな」 アークが驚嘆の溜息を漏らすと彼女は得意気に胸を張った。 「魔法ではなく只の技術です」 「技術?」 「ええ、武の極みに至れば全ては成し得るが如く、という奴です。人の五体、侮ってはいけませんよ」 「侮っちゃいないが、凄いな」 ふふと口許に三日月を浮かべる彼女だったが直ぐに澄ました顔に戻った。 「というかすみません。からかってる場合じゃないですよね。御召し物に汚れが……」 確かにアークの服の裾に彼女に吹っ飛ばされた少年の血飛沫が掛かっていた。 「ん?ああ、いや、こんなのは気にしないけど……」 貴族とはいえ自由気ままに育ったアークはその辺は鷹揚だった。 「とはいえそのままで返す訳にもいきませんよ。そうだお詫びといっては難ですが、夕食でも如何です。貴方の義侠心に一食奢らせてくださいよ。アーク=W=ケラウノス君」 「……名乗った覚えはないが……?」 思わせぶりな素振りをする彼女にアークは怪訝そうに眉を顰めた。しかしそんな反応が面白かったのか彼女はカラカラと笑った。 「ああ、失礼。入学試験の一位通過を拝見したので」 「ああ、学園の生徒だったのか」 「自分はジンといいます。つまり自分は貴方の先輩という事になりますね。ならば長幼の序に照らし合わせて考えれば男子の面子が立たないとはならないと思いますが、それともやはり女子にご馳走になるというのは意地が許しませんか?」 彼女はジン=ペンライと名乗った。静蓬莱と。東方地域のセーリア帝国出身だという。濡れたような黒髪、雪のような肌、桜の唇、快活さの中にどこか楚々とした美しさを秘めた、確かにこれまでアークの周りにあまりいなかったタイプの美少女だった。 「んー、夕飯まだだし。折角だ。御馳走になるよ」 頷くアークにジンは再び得意気になった。 「よろしい、後輩君。先輩に感謝しなさい」 しかし威張った態度を直ぐに引っ込め舌を出しておどけて見せた。 「いや失礼。自分は仲間内だと一番の年少者なもので、珍しく先輩風を吹かせられるものだから、ふざけ過ぎましたね」 そして倒れた男達へと視線を放った。 「どの道一人で食べるのは嫌だったんですし、それに私の夕飯はあんな感じですから」 視線の先には血だまりに沈んだパン屋の紙袋があった。 「アレを廃棄しても、流石にエコロジストの方々に怒られることはないでしょう」 「俺も流石に、ありゃ食えんわな」 そして二人は静のおすすめの店を目指してしばらく歩いた。 道中彼女は話した。先ほどの男たちは彼女が入学した直後に言い寄ってきた男とその取り巻きだという。その気のない彼女にこっぴどく振られて、逆上した彼を彼女がフルボッコにして以来、ときおりああして絡まれているのだという。 「迷惑なんですよ。好意はありがたいんですけど、でも自分にその気はありませんし。それに直ぐに壊れるんですから」 「壊れる?」 「ええ、人間は簡単に壊れますからね。だから寄って来られて迷惑してるんですよ。どうせ最後には壊れた死骸に成り果てるんですから」 澄んだ目で応えた。どこか純粋な非人間性を秘めた瞳にしかしアークは何も感じることは無く、むしろ茶化して囃し立ててやろうと思ったが、まあむやみに喧嘩を売るものではないと自壊した。 やがてパン屋でサンドイッチを買うと川沿いのベンチに腰かけて食べた。二人の間に特に会話は無く、黙々とサンドイッチにかじりついた。 やがて食べ終えると包み紙を丸めながらジンが口を開いた。 「そう言えば、アーク君は新入生という事はそろそろ新人戦ですね」 「新人戦?」 「テオス校長の一種の諧謔ですよ。新入生同士が仲良くなったこの時期に戦い合わせるんですよ。そしてその優勝者には熾天への探索権利が与えられます。元々、この学園にはそれ目当ての生徒が殆どですからね。みんな目の色を変えて戦うという訳です」 「成程な。他ならぬ俺も『世界の原型』目当ての入学者だ。負けるわけにはいかないな」 決意を新たにするアークを静は先輩らしく優しく応援した。 「頑張ってください。ヴァンスターみたいな大所帯や“アムシャスパンタ”でもなければ新人戦に勝って初めてこの学園の本当の生徒と言えるのですから。変な言い方ですけど、先輩として貴方の入学を待っていますよ」 ガジがユーグと暮らしたスラムの時代。 ある時二人はとある商人の賃仕事の帰り、路上の伸びた枝に果物が実っているのを見つけた。丁度その頃仲間の一人が最近体調を崩しているのでそれを土産に取って帰ってやることになった。 先ずユーグが壁を蹴って駆け上がろうとしたが流石の彼も重力には逆らえなかった。次にジャンプしたが届かなかった。 結局どちらかがもう一人を肩車する必要があった。 「よっし、勝負だガジ!!」 「ああ、正面から受けて立つぞユーグ!!」 じゃんけんの結果ユーグが敗けた。ユーグのラック値は割と息をしていなかった。よって小柄で華奢なユーグが大柄なガジを肩車することになった。自分を担ぎ小鹿のように震えるユーグの足を目にしてガジは流石に気の毒に思った。 「やっぱ代わってやろうか?」 「うるさいバカぁ。同情は受けない。良いからさっさと取ってよ!!」 涙目で喚くユーグにガジはとっとと果実を取るために手を伸ばした。その結果、ユーグにかかる負担が増した。そしてガジが果実を取ると同時にバランスを崩して二人は倒れてしまった。 気が付くとガジはユーグを押し倒しその上に覆いかぶさるような体勢になっていた。ラブコメでよくあるアレである。互いの吐息が唇に触れるほどに顔が近い。なぜか妙な雰囲気になりそのまま互いの瞳を見つめあっていた。 心なしかユーグの顔が赤い。そして一瞬目を反らした後、身を委ねる様に強張った華奢な肢体から力が抜けていった。なにやら青少年のアレコレが非常に危うい雰囲気が二人を包み込んだ。 無意識に二人の顔が近づいて行った。がそこで仲間の一人が大声と共にあらわれた。 「おーい、ガジ、ユーグ。やべぇぞ。向こうで教会が炊き出しやって……」 言いかけて凍りついた。彼から見るとガジがユーグを押し倒しているように見えた。 「ご、ごめん。邪魔するつもりは無かったんだ。知らなかったんだ、お前らがとうとうホモ覚醒してたなんて、本当にゴメン!!」 逃げる様に立ち去っていくを彼に二人は慌てて体を話して起き上がった。 「よし、アイツを止めるぞ」 「ああ、変な事を言いふらされたら流石にたまらん」 追いかけて誤解を解いた二人はそのまま炊き出しのパンとスープを貰って帰路に着いた。 「全く酷い誤解だったな」 「ああ、酷い誤解だったな」 その道中、誤解を無事に解けた事に安堵するが、何故か次第にユーグは不機嫌になっていった。 「誤解だったな」 「ああ、根も葉もない誤解だ」 「……ぬぅ」 「?どうした。このパン苦手なのか?なら備蓄と取り換えてそれは俺が明日食べようか」 ガジの気遣いに何故か彼はカッとなって彼の尻を蹴っ飛ばした。 「うっさいバカ」 彼自身、自分が何故イラついているのか分かっていない様子だった。 今は遠き昔歳の夕暮れ。 放課後、ガジが食堂でお茶を飲んでいるとヴァンスターの先輩たちに囲まれた。 「何か用か?」 ガジに睨まれて先輩たちが躊躇っていると、後ろに控えていたフローが身を乗り出した。 「驚いたよ。まさか君に先を越されることになるとはね」 「何の話だ?」 「俺もいずれは最強の座をかけて挑むつもりだったが、いやはや、俺の目も節穴だな。君はてっきりもっと安定志向の男だと思っていたのだが。見くびっていたよ」 その体から淡い殺気が立ち上がった。 「だが、宣言は先んじられようと実行を出し抜かれるを肯んずるわけにはいかん」 そして彼はガジに片手袋を投げつけた。 「決闘だ。ユーグ=デモレーに挑むというのならば先ずは俺と戦え!!」 何やらガジはフローに決闘を申し込まれた。 「え、やだよ。というか場所をわきまえろよ」 ガジが即答するとフローの肩を先輩騎士の一人が掴みかかった。 「おい、フロー弁えろ!!」 しかしフローはその先輩を凄い目で睨みつけた。 「己が自我の衝動を阻むのならば老若男女も別なく殺す。最強がそう主張して憚らない以上、それが我らの従うべき摂理でしょう。先輩」 抜身の刃に似た視線に射抜かれて、その騎士は身じろぎした。 「俺の最強への道を阻むというのなら、この『花騎士』の美技を馳走致しますが?」 フローの顔には傲慢さと自信がにじみ出ていた。『先輩?オレ喧嘩強いッスよ?』彼はそう述べていた。 「……おい」 そんなフローを玄人好みのする顔立ちの男が制した。 「脱線しているぞフロー。俺達は別にガジェット君に因縁を付けに来た訳じゃあないだろう」 アンマンに制されてフローは引き下がった。フローに掴みかかった男も舌打ちをしながら引き下がった。アンマンが一歩前に出た。 「ガジェット君、時間はいいかな?」 「まあ、いいけどさ」 人好きのする笑顔でアンマンがガジに聞いた。アンマンはピーキーな容姿をしているが、それが妙な愛嬌となって不思議な親しみやすさがあった。和を保つ、そう言うタイプのリーダーとして秀でた資質があるのだろう。 「君に会いたいという人がいるんだ。会ってくれると俺も助かるんだが……、その……、ちょっと俺には逆らえない人というか。その」 そこでアンマンは小声になった。 「キレたナイフみたいな人だし、そのあの人が俺達ヴァンスターの勢力の根幹みたいな所があるからさ、ウチのリーダーもご執心なのよ。だからあの人の使いを果たせなかったりしたら……彼女にシメられる!!」 「お前も大変だな」 彼の気苦労を苦笑しながらガジは承諾した。 アンマンはホッと安堵の吐息を漏らすと仲間たちを下がらせ、彼一人でその人物が待つ屋上へと連れてゆくことにした。 「もともと俺も関係者なんだし、複数人で一人を囲ってなんてのは騎士道にもとる行いだろう?フロー、袋叩きで勝ち取った勝利は美しいのか?俺一人で十分だ。先輩方もここはどうか下がってくださいよ」 彼の意見にフローは言葉を飲み込んで憮然とした態度で下がって行った。そんな彼の背に忌まわしげな視線を投げつけるとやがてガジを囲っていたヴァンスターの先輩方も立ち去っていった。 そして二人屋上を目指して廊下を行った。 「悪い奴じゃあないんだ。ただちょっと余裕がないだけなんだ」 歩きながらぽつりとアンマンは零した。 「何年か前に帝都近郊のある都市にあるスラム街で火事が起きて住人が全滅する事件があったろ?アレはあいつの家の領内で起きた事件なんだ。そのせいであいつの家は没落した。あいつはそんな自分の家を己が剣で身を立てることで立て直そうとしている。だからその他人に弱みを見せられないんで突っ張っているんだ。弱さや引け目、他人に触れられたくない所を持っている人間ほど頑なになるのは君も分かるだろう?まあ、君にはいい迷惑だと思うけどさ」 スラムの火事、ふとガジに過去の幻影がよぎった。虹の彼方に想いを馳せ、『らくえん』への道を辿ろうと誓い合った彼の姿が。 「それより本当に良かったのか?」 「何がだ?」 「何なら此処で帰っても構わないよ。まあ私は御叱りを受けるだろうが、君には借りがある、恩人を見殺しにするのは義にもとるという物だ。君は知らないだろう彼がどれほど恐ろしい人物か」 そこで彼はガジを待っている人物について話した。 「ああ、言ってなかったね。君を呼んだのはユーグ=デモレー。我がヴァンスター最強の男だ。恐らく、先日の件についてなのだろうが……。すまない、正直彼がどう出るか私にもわからないんだ」 「……ユーグ=デモレー?」 先日、倒れていた所を保健室に運んでやった小柄な男だった。 『彼』と同じ名前を持ち、彼とは違う燃え殻の髪を持つ学園最強。 「何せ彼は苛烈で非情、仲間でさえも邪魔と見れば切り捨てる鬼のような男なんだ」 「無茶苦茶だな」 同じ名前の良く知る少年とは似ても似つかない男だと、ガジは思った。 「彼が常々口にする『邪魔をすれば老若男女、別なく殺す』という言葉に嘘はない。半年ちょっと前に、熾天を賭けて我がヴァンスターはセーリアの一団と衝突した。死傷者を十数人出した大規模な戦闘になったんだが、そこで彼はセーリアの怪物と称されるガラン=ホーと死闘を繰り広げた。そして彼は援護と称して横槍を入れた味方の騎士を彼は分かっているだけでも三人、切り伏せている。まあガランに殴り飛ばされたのはその倍いるわけだが」 どこまでも、己の利を突き詰める求道の殉教者。ああ確かにそれは強敵だろう。しかしならばやはり彼とは違う。 「分かるだろう。利己を突き詰めた競争原理の覇者。それがユーグ=デモレーだ。もしかしたらフローの言った通りに君を排除するために呼び出したのかも知れない……」 彼ならば、窮しているのならば敵であっても自分の食扶持を減らしてでも手を差し伸べているはずだから。自分の事はいつも後回しで、そして自分の為に頑張るのが下手くそな癖に『誰か』の為にだけ頑張れた、『彼』とは。 「繰り返すが、本当に来てくれるのか?」 ガジの沈思を気後れと取ったのか、再びアンマンが問うて来た。 「心配にはおよばねーよ。行かなきゃお前が困るんだろう?それを見捨てるほど男が腐っちゃいねえから」 『誰か』の為に。全く臆さないガジの姿に微かな憧憬を覚えながらアンマンは短く礼を述べた。 そして二人は屋上に着いた。扉を開けると夕日を背に、小柄な人影が手すりに寄り掛かっていた。 「あの……、ガジェット=レヴォルトを連れてきました」 アンマンが遠慮がちに声を掛けると、ユーグは無言で下がるように促した。アンマンは躊躇いがちに屋上を後にした。扉が閉まると血のような赤に染まった屋上に二人きりで残された。 ユーグは口を噤んだままじっとガジの目を見つめていた。ガジはそれを正面から受け止めた。 「急に呼び出してすまなかった。この間の礼を言いたくて……」 「別に暇してたから気にするなよ」 やがてユーグは目を反らすと躊躇いがちに口を開いた。 「その……、本来ならこちらから出向くのが筋なのだが、私は色々と人の耳目を集める性質のようなので……、本当に迷惑な限りなんだけど、でも、その、だからって失礼だとは、悪いとは、思っているんだ。只、他に方法が思い浮かばなくて」 そう言って口ごもる姿はアンマンの言葉とはずいぶん印象が違った。 「礼を述べられるだけ立派だ。それが出来ない人間はごまんといる」 「そ、そうか、その……、この間はありがとう。後でアンマンから聞いたよ。わざわざ保健室まで運んでくれたんだろう?」 そう言ってユーグは頭を下げた。 「止めろよ。そんな畏まって礼を述べられるような事はしてねえよ。目の前で困っている人を助けるのは、当たり前だろう?」 軽く肩を竦めるガジに彼は安堵からか浅く微笑んだ。 「礼といってはなんだが受け取ってくれないか」 ラッピングされた包を差し出してきた。包の中を覗くとハンカチが入っていた。 「私自身はあまりそういう物に拘らないんでセンスは良くないと思う。だから不要なら後で捨ててくれ。まあ贈った側としては気に入ってもらえると嬉しいが……」 ここで固辞するのも気を遣わせると思いガジは素直に受け取った。 「ん、それならありがたく受け取っておくよ」 伏し目がちになる彼だがガジが受け取ると安堵したのか百合の蕾のように表情を綻ばせた。 「良かった。受け取ってくれた」 一人ごとのように口の中で呟くと息を吐いた。 「これで清算できた。借りは返せた。それでいいよな」 喜びを滲ませながら上目づかいに睨みつけてくるその表情はやはりガジの記憶の隅の方を疼かせた。 「もともと貸しちゃいねーよ」 言いながら自分に言い聞かせた。違う、と。 確かに小柄で華奢な体躯は彼を思わせる。だが、ユーグはあまりにも荒み剣呑な目をしている。そこに昔日の温かさは一切ない。髪も濡れ羽色の彼とは違い、灰を思わせる白髪。そして何よりも 「勝利は全てに行き渡るだけは無いんだから、いずれ全てを踏み砕いて勝ち続けなければならない。全ては上か下か、それだけなのだから」 寂寥感を滲ませながら取捨選択の摂理に囚われた姿だけは、彼とは似ても似つかないから。 「……そうだな。その理屈は嫌いじゃない」 心を鋼に変えながらガジも頷いた。 「いずれ君ともやり合う事になるのだろうから。心に引っ掛かるものを残さないで済む……、思いを背負うのが勝者の義務とはいえ、いや、感傷か」 「勿論だ。正面から受けて立つ」 交わされたのは宣戦布告、しかし何故か彼はおかしそうに笑った。 「可笑しいな。ああ、失礼、君を侮っている訳じゃない。私はあまり人との意志疎通が得意な方じゃないんだが、君とは自然と話せる。うん。不思議な男だな、君は」 「そうかい」 学園最強はコミュ障のボッチだった。 そしてぶっきらぼうなガジの返答にあどけなく笑うその姿は、やはりガジの記憶を揺さぶった。 「うっす。マタンさんお久っす」 講堂で授業の準備をしていると新聞部のキッドがマタンの隣の席に着いた。許可も取らずに。 「いやー、先日はどうも。フローさんへの取材は上手く行きましたよ。まあミシェルはガジェットさんのコメントが短いって頭を抱えてましたけど。よかったら今度個人的にガジェットさんを紹介してくださいよ」 「構わないけど……、何か用か?」 「いやぁ、取材用のコネもあるんですけどちょっと気になる情報が……」 「気になる情報?」 マタンが聞き返すと彼は頭を掻いた。 「新人戦ってご存知ですか?」 「……ああ」 マタンは入学二年目だった。だから説明は不要だった。 忸怩たるものを滲ませ暗澹たる有様で答えるマタンにキッドは若干、鼻白んだものの構わず続けた。 「実は自分、新人戦の優勝者でブックメーカーを開こうと思ってて色々情報を集めてたんスよ。その際に主な出場者の顔写真とかも入手して、オッズ表を作ったんですけど」 「そうかい、好きに賭けろよ」 声を潜め彼は核心に入った。 写真を集めた彼はヴァンスター最強の男ユーグに呼び出されたのだという。彼はヴァンスターの新入生トマの懇願で顔写真を回収するために呼び出したのだと。そして彼はキッドから顔写真を回収したのだが、ふとガジの写真を取り落した。その時に一瞬だが瞠目して息を呑んだのだという。そして彼の写真だけそれ以外と別のポケットに仕舞い立ち去ったという。 「その後、聞いた話ですけど、ガジェットさんってユーグさんの殺すリストに載ったらしいんですよ。なんでも倒れていた彼を介抱したらしいんですけどユーグさんって気難しい人で自分の弱みを見せるのが耐えられないってタイプらしくて。それで、汚点は抹殺だ、てな感じのテンションらしいっすよ」 「めんどくせぇな。只々めんどくせぇな」 マタンはため息を吐いた。 「助けてもらっておいて随分な野郎だな。全くどうなってんだかな」 「っチューわけで、仲間なら気を付けた方がいいッスよ。ユーグ=デモレーは己の目的の為なら仲間を背中から斬る様な冷酷非道な怪物らしいですからね。狙われたらマジヤバっすよ」 「勘弁してくれ。ま、火の粉が降りかかるなら払うだけだ。仲間は見捨てん」 静かな口調の中に決意を秘めたその言葉にキッドは口笛を吹いた。 「それにオタクら、前回フィーバーしちゃったじゃないっすか。あれで完全に目ぇ付けられたと思いますよ」 「アレか」 「アレです」 アレだった。 「熾天への探索権利、多分ヴァンスター内でのその価値は俺達が思うよりもずっと重いでしょうからね。ハッハッハ、案外、身内や友達を人質に取られたりして」 「なーんでみんな必死になるかね」 平穏だけを望むマタンには欲望の為に汲々と駆ける生き方は理解できない物だった。 「ま、そーいう訳で、今後とも『知り合い』としてどうぞよろしく」 そう言って彼が立ち去っていくと、直後、後ろに座っていた体躯に恵まれた長髪の色男が声を掛けてきた。 「はは、キミたちの学園生活は随分と彩に恵まれているらしいね。トラブルが人生に張りを生むと考えるタイプなら喜ばしいが、どうやら君はそうではないらしいね」 「お前は?」 「こうして話をするのは初めてだね。私は嵩山泊のリーダー、ルスランだ。よろしく」 「確かジルと組んでいた。妹が世話になったな」 「世話になったのはこちらだよ」 彼は握手を求めてきた。 「しかし新人戦とは……、興味深い。そうだろみんな」 彼のテーブルに腰掛けていた二人の男が顔を上げた。 「やあマタン君。お噂はかねがね。俺はピーター。以後お見知りおきを」 怜悧な雰囲気を持つ長身痩躯の男だった。 「俺はヤマモトだ。君がマタンか。カレンベルグさんから話は聞いているが、中々どうして精悍な顔つきをしているじゃあないか」 「お、おうよろしく」 修行僧のような雰囲気の丸刈りの男が口の端を歪めた。 「『姫武侠』を追ってこんな学園まで来てみたが、喰いでのありそうなのが他にもたくさんいるじゃないか」 彼の声色にこわいものが混じった。 「そ、そんな熱い視線を向けられても」 困る、言いかけるマタンにルスランがヤマモトを制した。 「おいおいヤマモト。私闘はダメだぞ。武と暴力は違うだろ?」 そう言ってマタンへと向き直った。 「マタン君。俺達は己の求道を突き詰める為にこの学園に入学した多目的格闘ユニット『崇山泊』。君たちアマルガムをライバルと勝手に認めさせてもらった。これから共に切磋琢磨しよう。新人戦、共にベストを尽くそうぜ」 後ろの二人もにニヤリと笑った。 「前回、中衛として完璧な働きをしてくれたカレンベルグ君への勧誘は断られてしまったが、しかしならばこそ我らの力をみせてやる。マタン君、よろしくな。俺達は強いぞ!!」 「ああ、こちらもベストを尽くすよ」 そんな鬱陶しい爽やかな奴らと、友達になったのだった。 ある日、食堂でジェットはアマルガムの仲間たちとジルとで昼食を取っていた。 「テメェら……、よくもやってくれたな」 浴びせられた怒声に振り返るとそこにはメイスンが怒りで顔を真っ赤にしていた。 「は?何のこと?」 口をへの字にしてジルが小首を傾げると彼の握り拳が小さく震えた。 「テメェらがドルネーズを……」 前回、神の拳に殴り飛ばされたドルネーズ。自分の体面を保つのに必死だったポール先生がついうっかりそのまま放置してしまったドルネーズ。ついでに蜘蛛の子を散らしたように逃げ出したメイスンたちにも放置されていたドルネーズ。心優しいジルとジェットは一緒にそんな可哀想なドルネーズを保健室まで運んでやったのだった。 「えーと、もしかしてドルネーズってまだ目覚めないの?」 砲弾のような速度で殴り飛ばされたのだ。命に至る深刻なダメージを受けていたとしても不思議はない。 しかし彼女のその言葉にメイスンは俯き、そして絞り出すような声を洩らした。 「目覚めないから問題なんじゃねぇ」 「は?だったら……」 「目覚めちまったから問題なんだよォッ!!」 男・メイスン、魂の咆哮である。 「え?」 ジルとジェット、二人の戸惑いが重なった。 彼によると保健室で一泊した彼を迎えに行った時から何やら様子がおかしかったという。尻を押さえ虚ろな目で彼は言った。 「メイスン君、ボク汚れちゃった……」 「ド、ドルネーズ?」 「お尻が痛いんだ……」 彼らは哭かなかったという。 「く、糞っ、あいつ等マジ許せねえ。ドルネーズ、アイツらに仕返ししてやろうぜ」 八つ当たりの怒りを滲ませるメイスンの肩をドルネーズが掴んだ。 「いいんだ。メイスン君。そんな事より僕はもっと大事な真実に気付いたから」 「は?」 「メイスン君って……、良い体しているよね」 うるんだ熱っぽい瞳でドルネーズはメイスンを見上げた。 「ぼくに、メイスンの太くてカタいモノを……」 彼らはミサイルのような速さで逃げ出したという。 「テメェら、何保健室に連れて行くついでに性別の向こう側に連れてってんだよ!!」 彼の取り巻きも口々に喚いた。 「そうだそうだ、何保健室の扉と一緒に新世界の扉を開いてくれてんだよ」 「ベッドに寝かしつけといて、禁忌の力に目覚めさせてんじゃねーよ!!」 「なんでちょっと上手い事言ってるのよ?」 表情を引き攣らせるジルとジェットにメイスンが言い放った。 「っツー訳で、今からお前をボコる!!!」 どうしようもない、碌でもなさにジェットは乾いた笑いが込み上げてきた。 「いやぁ、別に俺達の責任じゃあ無いと思うけど……」 「ふざけるな!!ありゃ、お前らが生み出したモンスターなんだよ!!」 「一つ、言っておく」 取り見出し喚きだすメイスンの肩をジェットが叩いた。 「――友達は、選んでもいいんだぞ」 その目は優しかった。 彼は苦悩に面を歪ませながら唸った。 「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………でも友達だしなぁ」 苦渋が滲みだしていた。 そこで気を取り直しメイスンは椅子を蹴った。 「ふざけんな、オラァ」 そしてジルに掴みかかろうとしてその手を払われた。 「やめといたほうがいいと思うけど、人目もあるし、私も今は万全だよ?」 軽く肩を竦めるジルだが、持っていたフォークを逆手に持ち替えて抜け目なく戦闘準備をしている。 「止めておけ、お前も保健室で目覚めることになるぞ」 涼しげな表情でガジが言い放つと彼は蟀谷をヒクつかせた。 「関係ねえ、俺はやるって言ったらやるんだよ」 なおもいきり立つメイスンだったがそこで声を掛けられた。 「ああ、メイスン君探したよぉ」 ドルネーズだった。 彼はメイスンにしなだれかかろうとして、バックステップで距離を取られた。 「ねえ、この後、暇。僕と街に出ないかなぁ」 熱っぽい視線を向けるドルネーズとは対照的にメイスンは世界の終りのような顔で嫌悪感を露わにした。 男二人の絡み。美少年のそれであればそれなりに目の保養になるというものかも知れないが、人相の悪い大男のメイスンと玄人好みの扱いにくい容姿のドルネーズでは殆どこの世の地獄のような光景になっていた。 二人はじりじりと水面下でせめぎ合うように睨み合っていた。やがてメイスンは一目散に逃げ出した。 「お、覚えてやがれ!!新人戦で絶対に今度こそボコってやるからなぁぁああ」 という捨て台詞をドップラー効果と共に残しながら それをドルネーズが内また走りで追って行った。 「待ってよぅ、メイスンくぅ~~ん」 そんな二人の絡みをジルはぽつんと零した。 「ジェット君。もしかして私達はとんでもないモンスターを生み出してしまったのかもしれないね……」 さりげなく連帯責任に持ち込もうとしていた。 「……見なかったことにしようか」 二人とも、ついうっかり核兵器を生み出してしまったオッペンハイマーと同じ悲哀を抱くことなってしまった。 がっくりと肩を落としてしばらく食事をしていると再び声を掛けられた。 「あ、ジェットさんにジルヴィアさんじゃないっすか―」 東方出身の料理人アキヤマだった。 「ん?なんだ?元気な男だな」 アークのその言葉に彼は自己紹介した。 「自分はアキヤマ、料理人ッス」 彼の後ろに三人の男たちが佇んでいた。 「こちらが自分の仲間ッス。リーダーのケンイチさん。中華担当っす。こっちの背の高いのがジョエル、洋食担当っす。で太ってるのも中華担当のトミトクさん」 「凄い……、紹介がクラスじゃなくて得意料理なんだ……」 唖然とするジルを尻目に彼らエクストリームサバイバルダイニングの面子が一行にあいさつした。 背が高く掘りの深い顔としたコック、ジョエルが片手を差し出した。 「やあ、よろしく。料理対決で負けたのは正直ショックだったよ。いつか僕の料理を食べてくれ、シェフの意地を見せるよ」 そしてリーダーのケンイチも 「そダネ。僕の料理はオイティーヨ。みんな、よろしくね」 最後にトミトクも 「ウォタイウゥ、ブゥ、ニンメンツァ、チャァドゥライウォゼマヤン、ティティエンメンタオライマ、バァ?」 日本語ではなかった。 「すんません。トミーはまだこっちの言葉に慣れてなくて。ちなみに僕ら全員街でコックやってるんでよかったら来てくださいよ」 「そう言えばトクゾーよ。お前の店はどこだっけ」 ジョエルの質問にアキヤマが答えようとしてジルが遮った。 「ああ、例のメ「わぁああああああ」」 驚いたように肩を竦める二人にジルは掴みかからんばかりの勢いで答えた。 「喫茶店、そう只の喫茶店だよねアキヤマ君!!」 「え、あ、はい」 「私もウェイターとして働いているんだけど、ホント、流行ってない店だしちょくちょくトモズ先生来るだけの喫茶店だから何の面白味もないよ、本当だよ」 「いや」 そこでマタンが口を開いた。 「そう言うところほど穴場なんじゃねえか?なあアーク、今度行ってみようよ」 「そうだな!!」 楽しげにアークは快活に囃し立てた。 「みんなで押しかけてやるから楽しみにしていろよジル」 普通に考えればアルバイト中に同級生が押しかけてくれば迷惑そのものだし、親の援助で何不自由なく育ったアークが生活の為に労働に身を窶しているジルを嗤うその姿は下劣そのものといえた。だが甘やかされて育った貴族の末子であるアークにはそういった常識も羞恥心も持ち合わせてはいなかった。 「勘弁してよ……」 肩を落として溜息を落すジルを尻目にアークはこれ見よがしに押しかける日程の算段を喧伝するのだった。 紅堂院学園都市には当然ながら教会の信徒は数多く暮らしており、彼らの為に教会が建てられている。その日、バルドはミゲルとアカンパニースカイの面子に誘われてその手伝いにやってきたのだった。 その日は礼拝があったのだがその場に何故か…… 「みんなー、今日は集まってくれてありがとう。フーちゃんだよ」 「キラ☆リン、今日は私たちのプリティーでみんないぃーっぱい癒されてね」 「ミウミウもいっぱい頑張るから見てってね。キラッ☆」 リリカルマジカルフェアリーズがやって来てライブを始めていた。集まった人々はすっかり可憐な妖精三人に魅了されて声援を送っていた。そしてそれは人々だけでなく 「ホッ、ホァアー、ホァアー」 アカンパニースカイのムッツリ修行僧ディエゴも熱狂してキレっキレのオタ芸を披露していた。 敬虔な祈りの家は今や沸騰したライブハウスと化していた。そんな有様にアカンパニースカイ一敬虔な信徒であるフランシスコは抜刀した。 「静謐なる祈りの家を騒がすサタンの僕め、正義の裁きを受けるがいい」 額に青筋を浮かべる彼をリーダーのロレンソが慌てて羽交い絞めにした。が、力不足で引きずられていた。 「うわぁああ凄い力だぁッ!!ミゲル!!バルド君!!助けてくれ!!フランシスコは本気だぁーー」 有体に申し上げれば混沌の只中にあった。 「先輩……、コメントをどうぞ」 ミゲルがぽつりと零した。 「何時から、俺達の世界はこんな風になってしまったのだろう……」 なんかちょっと泣きたかった。 「ヘーイッ!!プリティ!!プリティ!!」 「いやぁああ、引きずられるゥー。フランシスコ落ち着いてぇっ、刃傷沙汰は流石に不味いからぁ」 「覚悟しろディエゴ!!先ずは貴様だ」 その間もカオスは元気に継続中だった。 「なんかもうコレどうしようもないな」 つまりはいつも通り。バルドが乾いた笑いをしているとミゲルは浅く微笑んだ。 「先輩。恐怖を克服する方法は二つ。一つは勇気を奮い立たせ恐怖を乗り越える事。もう一つは……」 ふ、と彼は儚く微笑んだ。 「恐怖そのものと同化すること。という訳で」 彼は流れる様にフェアリーズを取り囲む群衆に加わりキレのあるオタ芸を披露し始めた。 そう、逃げやがったのだ。 後にはより混沌とした状況とぽつんと一人佇むバルドだけが残された。溜息を吐きバルドはフランシスコへと向いた。 「やあ、フランシスコ。ミゲルを見ないんだけどどこか知らないか?」 「?さっきまで君と一緒に……」 言いながら部屋中に巡らせたフランシスコの視界にサタンの宴(オタ芸)に興じる弟の姿が入った。 「貴様もかァアアッ!!」 両目から光を迸らせながら剣を大上段に振りかぶるフランシスコ。羽交い絞めにしているロレンソは突如と増したフランシスコの膂力に悲鳴を上げた。 「イヤァアアァ!!らめぇぇ、しゅご、しゅごいのォ、しゅごいパワーなのぉぉ、こんなのだめぇ、もう止まらないの、止められないのぉ」 なんかもう、彼は普通に泣いていた。 「良いじゃないかロレンソ、フランシスコの好きにさせてやろうよ」 諦めよう、カオスには勝てない。優しく諭すバルドだった。 「いや、そんなのらめ、らめなのぉぉ。教会なくなっちゃうのぉぉ、いやぁぁぁ、フランシスコのパワーしゅごいよぅ、ひぎぃぃぃぃ」 神様、今日も世界は碌でもない。 そんなバルドの肩が叩かれた。 「見たいねぇ」 そして声を掛けられた。 艶のある、いい声だった。 「アマルガム一の常識人、バルドがこの状況をどう収めるのか、見てみたいものだねぇ」 かれはリリカルマジカルフェアリーズの最後のメンバー、パンチパーマに赤シャツ、黒スーツのヤクザのような装いをした男・万東譲二。その目は優しかった。 「板東さん、諦めって肝心ですよ」 同級生だが自然と『さん』付けだった。 「フフフ、口ではそう言っても、君の目は何よりも雄弁だぜ。そういえば先日は世話になったね。フフフ、感謝しているよ」 意味深な含み笑いをする譲二のその声がしゃがれた。 「だが、欲もある。新人戦でぶつかるであろうバルド。フ、男と男、その肉と肉とのぶつかり合いに心が滾る。君も好きだろう、分厚い肉が」 「いえ、特に」 バルドは即答した。 その夜。いつも通り精神的に疲弊して、教会の後片付けや雑用で寮へ帰るのは夜になってしまった。道を歩いていると川沿いで人の気配を感じる。探してみると、川の淵で車いすを見つけた。それに腰掛け一人の少女が震えていた。 「たすけて……、だれかたすけて」 神に仕える者として、その前に男として当然の責務を果たす為に助けに向かおうとしてバルドは少女を視界にとらえた。その瞬間に一瞬だが、精神に圧迫感を覚えた。 敢えて述べるなら、それは呪術といえるだろう。 その対象は少女である。そう、彼女は呪いを受けていた。 その少女を前にすれば、誰もが彼女を守りたいと思うだろう。傷ついた小鳥ならば猟師ですら懐に入れてしまう様に。 言ってしまえばそれだけの呪いである。 無条件に他人から愛されてしまう。無用なトラブルを避けられる程度に希釈された魅了である。 しかし異常なのはその強度である。神に使える教会の信徒であるバルドは全く抵抗できずにその術中に嵌ってしまった事実からもそれは窺い知ることが出来るだろう。 何故ならそれを施したのは只の呪い師ではない。 遍く全ての求道を閉ざすことが出来ると言われる仙界の王が、己の血を用いて施した呪いなのだ。 故にバルドの精神はここで塗り替えられた。 どうしようもなく。 途方もなく。 彼は初めて会った少女を護る為に行動する。 居てもたってもいられずバルドが少女に駆け寄るとどうやら車いすが脱輪して立ち往生しているようだった。夜風に晒されたせいか少女は震えていた。 夜風に乱れ僅かに額に掛かった白金の髪、触れればそれてしまいそうな細いな手足、細い首筋、そして短命を約束づけられた白皮の体。どこか人の庇護を受けなければ生きていけない籠の金糸雀を思わせ、それが強烈に庇護欲を擽った。 やがて少女が薄らと目を開いた。無垢な新雪を思わせる体色の中でその瞳だけが、大粒の宝石の様に鮮やかな深紅の色を湛えていた。 「あなたは……?」 「貴女を助けに来ました」 彼女は疑うことなく素直に助けを求めた。その佇まいもまた可憐で、バルドの心を酷く捕えた。ローリングが雪山を駆ける豹のような動の美しさだとしたら、彼女は硝子細工のような繊細で華奢な愛らしさに満ちていた。 「たすけて」 「ええ、もちろん。お助けしますよ」 車椅子を引き上げて道まで押してやると彼女は頭を下げて礼を言った。 「ありがとうございます」 彼女はミリアと名乗った。そして道でお付の人と逸れてしまい一人で帰ろうといてバッタを避けた際に脱輪して川沿いまで転がり落ちたのだという。 たどたどしい口調で何度もつっかえたのだが、バルドは不思議と穏やかな気持ちでそれを聞いていた。 「宜しかったら、お宅までお送りしましょうか?」 「ほんとうですか。ありがとうございます」 住処を聞けば彼女も紅堂院学園の生徒だという。バルドが自分もそうだと明かすと彼女は表情を輝かせた。 そして帰り道の途上で他愛のない雑談に興じた。人格に難がある者たちに囲まれ、心労を重ねているバルドにとって久しく訪れていない穏やかな時間だった。 やがて話題は彼女を一人にした、彼女の従者に移った。 「悪いのは私なんですよ。私には何もできないんだから何もしなければいいのに……」 一人で帰ろうとしたことを彼女はあんに悔いていた。 「悪いのは私なんですよ。いつも余計な事ばっかして。フェン、ついてくれている人と逸れたのだって私が財布を置き引きされたからですし」 生活の消耗品を買った後に彼女は不用心に財布の入ったバッグをオープンカフェのテーブルの上に置いて、それを盗まれたのだという。お付の人はそれを追って行ってしまったのだった。 「彼女がいないのに、一人で帰ろうなんてして、貴方にまで迷惑をかけて……」 自分が誰かの負担になっている事、それは分かっているのだ。ただ、不具の身の上でそれがどうしようもない現実に彼女は忸怩たるものをいだいているのだった。 「お金なんて、欲しい人にあげちゃえばいいのに。そうですよ。困っている人がいて、自分が困っていないならあげるべきなんですよ。そうやってみんなで分け合えば困る人なんていなくなるんですから」 名案の様に手拍子を打つ彼女だが、その考えは誰かが自分の為に貯めこんでしまえばたちまちに破たんする。だが、彼女はその発想に至れない。 「だって世界は優しくて、みんな正しくて、そして私たちは皆等しく神様に愛されているのですから。だから全ては善いものなのですよ。悪者なんていないんですよ」 そう言って影の無い笑顔を浮かべるミリアは酷く歪な少女だった。それをバルドは精神が捻じ曲げられている今でもはっきりと分かった。 「貴方もそう思うでしょ?」 「そうだといいですけどね」 寂寥感と共に言葉尻を濁すバルドにミリアは不思議そうに小首を傾げた。 「私ね、半分なんですよ」 「半分?」 「体も心も、この体は腰から下は動きませんし。みんなの半分しかないからフェンに助けてもらないと何にも出来ないんですよ。でも、そんな半分しかない私でもフェンやアズガルドお父様やみんなに色々な物を分けてもらったからこうして生きていけるんですよ。だから、きっと世界は優しいんです。そう、私は思います」 ミリアという少女は確かに半分の人間だった。彼女からは人間の悪性というものが抜け落ちていた。自分に分けてくれた恩人たち、それが誰かから奪い取ったものや肥え蓄えた物だという発想がない。 どこまでも澄み切っていて、だから気持ちが悪い。 「でもそれも、私が半分だから見えてないからかも知れませんよね」 少し寂しそうにつぶやいた後に顔を上げてバルドの瞳を見つめた。彼女の無垢な瞳はまるで心の奥底まで見通すかの様だった。 「だって、貴方とっても疲れてそうだもの。なにかにうんざりしたんじゃないかな。その、見当はずれな事を言ってたらごめんなさい」 「……まあ疲れてますね。ですが、それが私の普通ですから」 「その、よかったら聞かせてくれませんか?私、普通の人たちがどういう風にお話をしているの、知りたいんです。私は半分しかないから……」 バルドが今日の出来事を話をしてやると彼女は興味深そうに、時に微笑み、時に驚き、コロコロと表情を変えながら夢中になって聞き耽った。 薫風光る星降る夜、こうして二人は出会った。 学園の入り口に着くとそこでやや険のある顔の大柄な少女が駆け寄ってきた。 「お嬢様」 彼女がフェンだという。そしてフェンはバルドにミリアの保護をしてくれた礼を述べそして二人は女子寮の方へと去って行った。その間際に 「あの、バルドさん。またお話を聞かせてもらえませんか」 とミリアは上目づかいに懇願してきたのだった。 「ええ、構いませんよ」 その返答にミリアは満面の笑顔を咲かせた。 ミドル その日は数学の授業があった。 教壇で数学担当のエリック=トモズはいつもの不機嫌そうな顔で例題を読み上げた。 「A国とB国が戦争になりました。A国は5万人の5パーセントを徴兵しました。B国は20万人の大国でしたが厭戦気運により1パーセントの国民しか徴兵できませんでした。さて、勝ったのはどちらでしょう」 そもそも数学の体を成していない問題だが、まあ戦力を計上すれば優劣は明白だろう。一行がしばし黙考しているとエヴァラール=フローがおもむろに立ち上がった。 「どちらにせよ、俺の美技が最も衆目を引き付けるだろう」 「貴様は息を引き取れ」 セメントである。 続けてリリカルマジカルフェアリーズが手を挙げた。 「先生!!戦争なんていけないわ。私たちの歌でみんなの心を平和に!!」 「はい次」 淀みないスルー。鋼の男、エリック=トモズであった。 「見たいねぇ」 そこで坂東譲二が艶のあるいい声が零した。 「エリック先生が数万の軍勢をどう料理するのか、見てみたいものだねぇ」 エリックはシカトした。 「先生!!」 アキヤマが立ち上がった。 「兵糧は俺達に任せて下さい」 ジョエルが続けた。 「私達なら値段は倍だがうまさは十倍のレーションを用意できる」 「そうか、凄いな。はい次」 続け様にエリックに切って落とされた旧友たちを目の当たりにして、控えめにジルが挙手した。 「カレンベルグ生徒」 「は、はい」 彼女は立ち上がり答えた。 「A国の動員人数は二千五百人、対してB国は二千人、しかも厭戦気運という事は士気もB国はA国以下であることは間違いないでしょう」 「ほう」 ようやく出てきた数字を用いた回答にエリックは小さく頷いた。 「ならば常識的に考えればA国の勝利かと」 しかしそこで彼女は余計なひと言を付け足してしまった。常識的、その言葉にエリックは眉を顰めた。 「常識的、か。貴様はそれでいいと思っているのか?」 鷹の眼光で射抜かれてジルは身を竦ませた。え、いいじゃん常識で。コレ数学の授業なんでしょ? 彼女は混乱し答えに窮していると、キッドが冗談半分で声を上げた。 「じゃあ、先生!!いっそ、気合と根性で勝る方が勝つっつーのはどうですか?」 なんじゃそりゃ、ガジは思ったという。 「その通りだ」 エリックは即答した。 数学ではなかった。精神論の授業だった。 「えー……」 必死に計算に取りかかっていたアークは思わず嘆息を洩らした。 「アーク……、コレって何の授業だっけ」 ガジは蟀谷を押さえた。 その授業後、教室にテオスが現れた。 「生徒諸君ン!!そろそろ学園生活にはなじめてきた頃合いかな?それとも実家が懐かしくなって来たかな。友達は出来たかな」 相変わらず胡散臭い魅力にあふれていた。決して美形ではないが、現れるだけでその場の中心に至る様な、そう言った引力のような個性を彼は持っていた。 「ハッハッハ、ではそんな諸君に朗報だ!!」 彼が合図を送ると天井から『新人戦開幕』と書かれた垂れ幕が花吹雪と共に降りてきた。 「来週より、当学園の新入生を対象にレクリエーション大会を開催しようと思う。レクリエーション大会といってもまあ実際には武術大会のようなものだが、ともあれ」 続く彼の言葉に教室は色めきだった。 「その賞品として、優勝したチームには『熾天の穴暗』への探索権利を進呈しよう」 ざわつく教室の様子にテオスは愉快そうに口の端を歪めた。 「もとより君たちの目的はそれだろう。己の為、他者の為、未来の為、野望の為、理由はどうあれ天を掴まんと願うのならば、先ずは勝たねばならない。競争原理とはそういう物だろう」 何かを成す勝者の足元には敗者の屍が積み重なっている。ならば己が勝利を得る為には必然、誰かを敗者に貶める必要がある。ごく当たり前の自然の摂理である。 「さあ生徒諸君、ぜひとも他者の祈りを轢殺して夢を叶えてくれたまえ」 悪辣に、しかし誠実に理想を求めて道を往く若人たちが抱く罪業を抉り出した。望みを叶えたいと希うなら、隣人を喰らって進み続けろ、と。 「嫌な奴だな」 アークが毒づいた。 「だが、真理だ。こちらの目的としても、な」 ガジが鼻を鳴らした。その隣でジェットは肩を竦めた。 「まあ、俺には正直、興味のない話だ」 言いながら彼の瞳が微かな憎悪に揺れた。アートマン。己を殺した男を見つけるためにはこの戦いで勝ち抜くことが手っ取り早い話だから。 「居場所を守る、その為に邪魔な奴は除けるだけだ」 マタンも静かな闘志を燃やした。 「まとまりのないギルドだな。まあだからこその混成体(アマルガム)か」 アークは苦笑した。 その数時間後新人戦の組み合わせが発表された。 トーナメント形式で優勝者にのみ熾天探索権が贈られる。 トーナメントは一回戦。 アマルガムVSリリカルフェアリーズ ジルヴィア=カレンベルグ(個人)VS崇山泊 ヴァンスター戦士団VS紅堂院ジャーナル ドレッドレイダーズVSエクストリームサバイバルダイニング 色々な意味で予想できない戦いが続く。 ミドル 数日後、リリカルマジカルフェアリーズとの戦いが行われた。 アマルガムが闘技場に姿を現すと彼女たちは先に待っていて観客に手を振っていた。アイドルらしく観客たちを早くも魅了しているようだった。 「うぅー♡、戦いなんて怖いけど☆正々堂々闘おうね♪」 「ああ、真っ当に戦ろう」 アークとリーダーのフーちゃんが握手を交わし新人戦の幕を開けた。 戦闘開始と同時にフェアリーズの華麗なダンスを行った。彼女らは別にデータ的な根拠のある美しさではないので人類では頑張れば抵抗できる程度の魅了だった。実際にアマルガムの一行も精神抵抗に成功した。アークに至っては声援を送る余裕さえあった。 しかし精神力、意志力がやや薄弱なマタンはそれに掛かってしまった。 「ァァ……」 虚ろな目でフェアリーズに錆びついた人形の様に拍手を送るその姿に観客席のジルは思わず口許を押さえた。 「ウワァ……」 ゴミを見る目であったという。その隣のシオンも小さく呟いた。 「またん……」 彼女はジルとは違い心底、彼の身を案じる眼差しだった。が、彼女のその視線は、それはそれで屈辱なのかもしれない。 しかしそれで止まる一行ではない。 マタンは何とか誘惑を振り切ると矢を番えて彼女らの足元に牽制を放った。思わず、バランスを崩す彼女らにガジが肉迫した。精神が頑強な彼はそのまま躊躇うことなく拳を揮った。それに合わせて同様に魅了を噛み砕いたバルドが魔術で支援を行う。 一撃必殺の拳を前に黒い影が身を捻じ込んだ。 坂東譲二である。 「厳しいねぇ」 艶のある、いい声だった。 「しかし、フフ。やはり良いものだねぇ。肉と肉とのぶつかり合いは」 その声が嗄れた。 「悪いな。肉と肉でなくて」 ジェットが畳み掛ける様に魔術を放った。鋭角に放たれたそれは受け流そうと盾を構える譲二の手元で変化して彼の胸に突き刺さった。 思わず呻く譲二に、更にアークが重ねた。 フェアリーズの面々は見るからに後衛であり前衛の譲二さえ倒せばそれで決着まで雪崩れ込める、確かな読みである。 しかし、先を見据えて奥義の雷ではなく炎を放ったためか譲二は踏ん張って堪えて見せた。 「いいねぇ」 ペロリと彼は唇を湿らせた。 「あンたも、先が楽しみだねぇ」 「そうかい」 視線の交差は一瞬、まだ戦いの途中なのだから。 返しでジェットへとフェアリーズ三人の連携が放たれた。しかしバルド堅牢な防御がそれを弾き返した。 「フフフ」 バルドの奮起に譲二は愉快そうに喉を鳴らした。 「やはりそうだ。あンたもこっち側だねぇ」 「お、お手柔らかに頼むよ」 変人あしらいになれている筈のバルドが思わず総毛立った。 そこでアークがマタンの肩を叩いた。 「マタン、そろそろ遊びは終わりにしようぜ。先生も見てるぞ」 観客席でシオンは顔を真っ赤にして声を張り上げていた。 「マターン、がんばれー」 フ、とマタンの心から熱が引いた。下らない、魅了の熱が。 「ま、ならこちらも頑張りますか」 正気を取り戻したマタンは大げさに矢を番えて譲二を狙った。 「そんなの食らう……」 ものかねぇ、言いかけて譲二が昏倒した。 マタンの矢に気を取られた隙にガジが背後から肘を突き立てたのだった。 「案外そういうものだ」 前衛が倒れ、大勢は決した。その筈だった。 「どうしよう、譲二が」 「そんな、私達だけじゃ」 「こわぁい」 取り乱す彼女らにアークが決断を迫った。 「降参するかい?」 その慈悲に彼女らは首を振った。 「ううん。譲二の為にも」 「そう、諦めないわ」 「今こそ私たちのプリティーを解き放つのよ」 彼女らの体が眩い光を纏った。 「「「プリティーチェンジ☆マジカルフォーム」」」 次の瞬間、服を弾き飛ばして鋼鉄の巨躯が姿を現した。 「え?」 唖然とするアマルガム、混乱する審判席、戸惑う観客。 皆、等しく言葉を失い闘技場は水を打ったように静まり返った。 「どうした?」 太い、太い声が響いた。 「あまりのプリ☆ティーに声も出ないか」 鋼鉄のマッチョマンと化したフェアリーズが構えた。 マジカルフォームというよりも本気☆狩♪葬だった。 「ちょっと待って、現実を受け入れるのにマジでちょっと時間を頂戴」 卒倒寸前のガジが彼女(?)等を制した。 「美とは一体?」 アークが遠い目をした。 マタンが現実逃避ぎみに客席を見やると、シオンが目を回していた。例えるならば遊園地で大好きなマスコット人形に被り物を目の前で外された子供のように、今にも泣きだしそうな顔でジルと闘技場を見比べていた。そんなシオンを引き攣った顔をしたままジルは頭を撫でて慰めていた。 「行くぞ」 ざわつきを貫き、太い銛のような言葉がアマルガムに突き刺さった。 「我らが本気☆狩を見るがいい」 譲二と妖精三人、それが今やマッチョマン三人。一人倒した筈なのになぜか敵はパワーアップしていた。 「ちょっと待てぃ」 マタンが矢を放つと彼女らは気合で筋肉を膨張させて弾き返した。 「は?」 「どうした?この程度か?マタン?」 冷めた目で睨むフェアリー。しかし観客席でジルが呟いた。 「いや、これは仕方ない」 交通事故のようなものだ。 比較的アレな性格をしている為に真っ先に立ち直ったアークが雷撃を放つがしかしマジカルは止まらない。 か弱い妖精たちが放つ暴力の嵐は拳の驟雨となってバルドの防御をも軋ませた。 「お前たちのどこがプリティーだ」 バルドが叫んだ。身近にビューティーを自称する良く分からない生物が居るだけに、彼の怒りは本物だった。 「ならば括目せよ」 彼女らはマッスルポーズを決めた。するともうなんか良く分からないテンションになっていた観客席で割れる様な歓声が上がった。 が、アマルガムは聞き逃さなかった。 「ウワァァアアアン」 シオンがとうとう決壊して大泣きしていた。 「……フジムラ先生の仇を取る」 ガチ泣きする二十四歳におろおろするジルの姿を見て、アーク達は決意を新たにした。 「畳み掛けるぞ!!」 思いはガジも同じ、この救急車と救急車の正面衝突に似た惨劇を終わらせる。 「ああ、決着をつけよう」 ガジ、ジェットは全力で得意技を揮った。もう手加減など無い。アークも本気になった。 なりふり構わず放った波状攻撃で、妖精(マッスル)は倒れたのだった。 「君たち」 倒れ際にフェアリーはニヒルに口許を歪めた。 「プリティだぜ」※一般的に男性に使うのは罵倒とされる こうして決着は着いた。 「なんだコレ」 なんだコレ プリティが残した爪痕の中ジルと崇山泊の戦いが行われた。二者は闘技場で向き合っていた。前回は手を組んでいた彼女と彼らだが今日は敵対者として覇を競う。 「ジルヴィア君、手を組まないか?君と僕たちなら強力なチームになれると思うんだが」 リーダールスランの誘いにジルは首を振った。 「ごめんなさい。私は自分一人の力で魔法使いになるって目標があるから」 魔法と聞いてルスランは怪訝そうに眉を顰めた。 「いや、君は近接格闘術と生存術を組み合わせた優れたエクスプローラーじゃないか?何を言っているんだい?」 ピシリ、と石像と化したジルに罅が走った。 「それにさ、君は魔術がド下手じゃないか!!」 誤解無きように、ルスランの言葉は煽りや侮辱ではない。真摯に彼女の適正と実力を評価しての物だ。 「そうそう、正直マッチの方が火力が出るじゃないか」 「だいたい君だって、この間の狩りの後半はなんかもう全然魔術使ってなかったじゃないか!!」 だから続くピーター、ヤマモトの言葉も至誠に満ちていた。籠っているのは『お前ならば正道を歩めば必ず大成できる』というエールである。 ジルは小さく唸った。 「分かり切ってる事実でも他人から言われると結構イラッとくるものね。良いわ。なら、貴方達を倒して私は私の求道の正統を証明してみせる」 が、それはそれとして人間、事実をありのままに告げられると腹が立つ者なのである。 ジルの目に危うい光が籠った。 試合開始のゴングと共にルスランがジルに踊りかかった。 「ハッハッハ、戦闘では機動力こそが要、この僕のインラインスケートとボクシングを組み合わせた新機軸のファイトスタイル『インラインボクシング』に瞠目すると良い」 彼の靴には特殊な機構が組み込まれており、ローラーで自走することが出来た。それが生身には不可能な高速機動を可能とした。縦横無尽に闘技場を駆け巡りジルを惑乱しながら彼は拳を構えた。 「……えっ、いや、まあその。なんでその二つ?」 しかしジルは呆れながらルスランの高速機動をあっさりと打ち破ったのだった。 向かってくる彼を躱しながらその進行方向にマフラーを投げつけたのだ。そのままマフラーを轢くと車輪に布地が絡み強烈なブレーキが掛かった。しかし上半身が慣性に引かれた結果ルスランは転倒して顔面から地面に叩きつけられた。 「多分、ボクシング単騎の方が強いと思うよ」 一瞥もせずに吐き捨てるジルに観客席でアークが冷や汗を流した。 「あのローラー男、ありゃ当分立てないな……」 続いてピーターがジルとの間合いを詰めるといきなり前転するかのように倒れ込んだ。咄嗟に後ろに跳んで距離を取った。しかしピーターは逆立ちの要領で、肘と手で倒立したまま彼女を追った。 「お、なんだ。ジルのパンツ覗いているのか?助平野郎だなぁ」 そんな彼をアークが囃し立てて嗤った。 そもそも快活な彼女は短パンにタイツだった。 上下倒立したピーターはジルの上体の高さに在る己の足を鎌の様に振るった。 「あれは……」 その格闘術をガジは知っていた。南方地方特有の戦闘術である。 「ぬゥ」 何とか回し蹴りの連撃を捌きながらジルは唸った。 倒立した相手、しかも手技よりも威力も間合いも長い足技を主体としたピーターのスタイルはジルの戦闘経験にあまりなく、故に彼女は戸惑った。 「どうだ!!この俺のカポエイラとカンフーとヒップホップとブレイクダンスを組み合わせた新境地、ヒップホップカンフーの味は!!」 んとジルは小首を傾げた。 「え?ヒップホップカンフーって……、それもうあるよ」 「……えっ?あるの?」 ネタ被りである。 絶望的な表情をするピーターはそれでも蹴撃の嵐を放った。 「とはいえ、流石に厄介ね。でもこれなら」 躱しながらジルは懐からガラス瓶を二つ取り出すとその場で叩きつけて粉砕した。当然、地面は鋭利なガラス片で一杯になる。 そこに頬を地面に擦り付けるほどに密着させ、逆立ちのままピーターは突っ込んで行き…… 「ぎゃあああああ」 戦闘不能になった。 残るは一人、崇山泊一の巨漢ヤマモトである。 「やるなカレンベルグ君。だがこの俺、中国拳法とロングブレスダイエットを組み合わせた……」 「なんで組み合わせるの?」 「この俺のロングブレス発剄をどう攻略するかな!!」 そう言って彼は深呼吸した。 爆発呼吸という呼吸法によって膂力を増加させる技術が拳法にはある。そしてシャウト効果でも知られるように呼吸や発声と瞬発力の相関性は科学的にも立証されている。ならば彼の技は見せかけではない。そこにジルは 「ファイアボルト」 間髪入れずに魔術を打ち込んだ。彼女の魔力では空中に火花を瞬かせるのがせいぜいでしかない。しかしそれによりヤマモトは爆炎に包まれて炎上した。 「ぎゃあああああ」 実は先ほど彼女がぶちまけた瓶には度数が極限まで高い殺菌用の蒸留酒が入っていたのだ。気化したそれをいっぱいに吸い込んだアキヤマ、そこに放たれた火花によって彼は炎上したのだった。 「ふっ、どう私の魔法の味は?」 得意げに言い放つジルを眺め、舞台袖のシオンは震えていた。 「ジ、ジル?貴女は鬼なの!?」 こうしてジルは勝利した。ヒロインがしていい勝ち方ではなかった。 続くフローの試合はミシェルが開幕と同時にギブアップしたので最速で終了した。不満を爆発させ暴れようとするフローを仲間三人が羽交い絞めにして、彼を宥める時間の方が多くかかったほどだった。 そして一回戦最終試合。エクストリームサバイバルダイニングとドレッドレイダーズの試合が行われる運びとなった。 闘技場に現れた二者は一歩も引くことなく中央で額が擦り合う様な距離で睨み合った。 メイスンたちの前回の悪行、アマルガムの一行が作った料理を横取りしようとしたことがプライドの高い職人集団である彼らの逆鱗に触れたのだった。闘技場は異常なまでに険悪な空気となった。 「おい、テメェ何コック如きがガンくれてんだコラ、顔面へこませて二度と外歩けねえようにしてやろうか」 「ああん、テメ、調子こいてんじゃねぇぞ。手前の顔面桂剝きしてやろうかコラ」 気の短いアキヤマとメイスンがいきり合い睨み合っていると横からドルネーズがアキヤマの肩に掴みかかった。 「面白い子ね。威勢がいいじゃない。あなたを嬲ったらどんな風に泣くのか私期待しちゃうわ」 ぬめった蛇のような吐息にアキヤマは台所に出現した害虫のような嫌悪感を露わにして退いた。しかしその後ろでジョエルが料理用酒を一気に煽ると口の前でマッチを点火し、酒をドルネーズに吹き掛けた。 再び、闘技場で火柱が上がった。 「ぎゃあああああ」 炎上し地面をのたうつドルネーズを一瞥もくれずに、ジョエルがメイスンを睨みつけた。 ――次はお前もフランベしてやろうか、とでも言わんばかりに それに気圧されたようにメイスンが一歩後ずさると代わりにドレッドレイダーズのチンピラ、ジャクソンがバタフライナイフを取り出した。刃渡りは10センチ程度だが人を殺傷するには十分すぎるほどに剣呑な得物である。 「てめぇ、抉ってやろうか?」 そのジャクソンの目に危うい色が浮かんでいる。刃物は持つ者の行動を鋭利に、そして狂気に誘う作用がある。 そんなジャクソンのこわい雰囲気に、恰幅の良い中華料理人トミトクが身を乗り出した。片手に、もうほとんど鉈とか斧もかくやという程に大きくそして研ぎ澄まされた中華包丁を携えて。 彼は歌う様に言い放った。 「他妈的,打死你?」 東方の言葉で「テメエぶち殺すぞ」という意味である。 トミトクの目は完全にイっていた。 各国の若き天才たちが武者修行の過程で出会い、友誼を結んで作ったチーム。料理人集団エクストリームサバイバルダイニング、彼らは完全に殺る気だった。 料理にプライドを持つ彼らだからこそ、他人の料理に敬意を払わないメイスンたちを看過することは出来なかったのだ。 殺る気スイッチ、彼らのはそこにあったのだった。 「お、おい、ジュリア、お前もこいつらをやっちまえ」 少し、声を裏返らせながら、メイスンは残った仲間に合図を送った、しかし返事はない。そこでメイスンは違和感を覚えた。そう言えばエクストリームサバイバルダイニングのリーダーケンイチの姿がない。 ハッとなって背後の物音に振り返ってみれば、そこには驚きの光景が。 倒れたジュリアにマウントポジションを取ったケンイチが無数のハンマーパンチを降らせていたのだった。 「ヒィッ」 メイスンの喉から悲鳴が漏れた。 やがてピクリとも動かなくなったジュリアの上からゆっくりとケンイチは立ち上がった。ジョエルがリーダーに低い声で問いかけた。 「リーダー。今日の賄いは?」 ケンイチは血が滴る両手を拭わずに包丁を取り出して振り向いた。そこには跳ねたジュリアの血にまみれた不気味なほど穏やかな笑顔があった。 「……ポロネーゼ」 アキヤマとジョエルも包丁を取り出した。 「ウイ、ムッシュ」 濃密な殺気と研ぎ澄まされた刃物を携えた集団に囲まれてメイスンとジャクソンは腰を抜かした。 「ヒィイイイ」 決着は付いた。 だってまだ、試合開始のベルが鳴ってなかったから。 こうして、ドレッドレイダーズ(欠員二)は準決勝進出となった。 「反則負けかよォ」 殺伐とした試合場にジェットの雄叫びが木霊した。 二回戦に備えて闘技場を整備するために休憩時間が与えられた。一行は控室で寛いでいるとそこにキルライトが陣中見舞いに来た。 「よぉう後輩ども、先輩が差し入れに来てやったぞ」 「ああ、キルライトか」 「おう、『正義の味方』が世界の救ってくれるのを期待してるからなぁ」 そこで一息ついて辺りを見渡した。 「で、こいつらがお前の仲間たちか」 目ざとくマタンを見つけるとにこやかな表情と共に声を掛けた。 「おう、先輩の、せ、ん、ぱ、い、のキルライトだ。よろしくな」 去年までは同級生だった。 「ああ、こちらこそ」 しかしマタンはあまりそう言うところに頓着する男ではなかった。冷静に返されるとキルライトは鼻白らんだ表情でジェットに声を掛けた。 「よぅ大将。アンタはよろしくやっているようだな」 「なんだよ?みんな知り合いなのか?」 意外そうなガジにジェットが告げた。 「いや、知らない人だ」 「えぇ……」 一応、甦りたてで右も左も分からなかった彼に色々教えた恩がある筈なのに無視されてキルライトは唖然とした。 「世知辛ぇ世の中だな……」 彼はため息を吐いた。 「ま、一般市民として期待してるんで」 「一般市民ねぇ」 含みを持たせたガジの言葉に彼は呵呵大笑した。 「そりゃそうだ。俺も熾天探索者なんだから、正義の味方の競合ではあるわな」 色眼鏡で目元を隠したまま、誠実そうに彼は言った。 「言っても、今の所本当の事しか言ってないぜ。俺としても厄介事は御免だ。だから俺は真実、お前らの応援をしている」 アークはそれを鼻で笑った。 「その証拠に今月の生活費を全額、ブックメイカーでアマルガムにブチ込んだ」 「何言ってるんだこの馬鹿は」 唖然とするジェットにキルライトはポーションを投げ渡した。 「ま、だから気にせず使ってくれや。一儲けさせてもらうぜ」 それだけ残すと深入りせずに『他人』のまま一行と別れた。 数時間後、二回戦が行われた。対戦相手はジルである。 一行が闘技場に着くと既にジルが待ち構えていた。 此処で一行は決勝戦進出を賭けジルと雌雄を決する。 「やっほー」 小さくジルは手を振った。 「ホント、縁があるな」 アークは苦笑した。 「ま、友達だしね」 「そうだな。友達だな。が、手加減はしないぞ。というか」 「ああ手加減できる相手じゃない」 マタンは青い顔をしていた。 「さっきの惨状を見たろ」 彼の脳裏に崇山泊を襲った凄惨な事故(強弁)がよぎった。 「嫌な、事故だったね」 「タハハ」 ぼんやりと呟くアークにジルは苦笑した。 「さて、よろしくお願いします。正々堂々いこう」 ガジの丁寧な開始の礼に面喰いながらジルも返した。 「う、うん。よろしくお願いします」 試合開始の銅鑼が鳴った。 それと同時に一行の足元で爆発が起きた。 「は?」 舞台袖で試合を見守っていたシオンが間抜けな声を上げた。 そう対人地雷である。不意打ちが華麗に決まりジルは小さくガッツポーズをした。そう先に闘技場に現れて彼女は罠を仕掛けていたのだった。 「ジャッジーー」 観客席から審議を求める声が上がった。それに対してジルはぬけぬけと言い放った。 「先生!!すいません。落し物をしてしまったようです」 どう考えても無理のある言い訳である。しかし 「落し物か」 土煙の中からガジが不敵な笑みと共に姿を現した。 「なら致し方あるまい」 「まあ、使用したのが試合開始後ですしね」 「あー、痛かった―」 「な、手加減とかできる相手じゃねーんだって、端からよ」 続いてあらわれたバルド、アーク、マタンも軽傷でありアマルガムは健在だった。 「えげつない真似をするじゃないか」 苦笑するジェットにジルは肩を竦めた。 「私は才能が無い凡人だからね。そりゃ雑魚は雑魚なりに勝つためには色々工夫するよ」 雑魚という彼女の自評に彼も鼻を鳴らした。 「言ってくれる」 その試合を審判席でレオナルドとテオスが観戦していた。 「ほう、カレンベルグ生徒のあの戦い方は彼に似ているね」 感心したようなテオスにレオナルドも同意した。 「ハハッ確かに、でも女の子らしい上品さですね。あいつなら、キルライトなら前日までに闇討ちしたり寝込みを襲ったり毒盛ったりして数を半分以下にまで削るでしょうよ」 「彼はやると決めたら全力だからな」 実際にキルライトは自らが出場した新人戦で学内の水源を毒で汚染し、学食で食中毒を起こし、それでも残った新入生を闇討ちして病院送りにして不戦勝で優勝している。そしてそのどれにおいても証拠を残さずに。 「まぁ、基本的に中二病でやる気のない駄目人間なんですけどね。ただ、いざとなったら手段を選ばない。そして備品の消火器が何個か行方不明になるんでしょうよ」 「なんで彼はあんなに消火器を好むのかねぇ」 重量、硬度、調達難易度、そして使い勝手、どれをとっても抜群だった。 今度は油断なくバルドが仲間に補助魔術を施した。そしてそのまま睨み合いながら回り込んでいるとガジが何やら異物を踏んでしまった。その瞬間、強烈な破裂音が響き渡った。 「ッ!!」 咄嗟に飛び退こうとするが発した異音に身が竦み動作が一瞬遅れた。そしてガジの両脚に石でつないだ麻紐が絡みついた。音で意識がそれている隙を突いてジルの放ったボーラだった。 「さ、て。これでガジ君は封じたかな」 メイジ(近接仕様)であるジルにとって厄介なのが格闘術を修めているガジだった。逆にガジの足を封じれば遠間から叩くことが出来るのだ。しかし 「流石に侮り過ぎだな」 麻紐を矢が貫きガジを戒めから解き放った。マタンが落ち着いた声色でジルに言い放った。 「ちぇっ。楽には行かないか」 返す刀でマタンの二連射がジルを襲った。しかしジルは一発目を肩口に受けながら二発目を躱して見せた。 「読まれてるな……。流石だ」 「痛ぁ、なによ。サボってる癖に鋭いじゃない」 兄妹は同時に毒づいた。 続いてガジが躍りかかった。 「言った通り手加減抜きだ」 自身の体に掛かる負担を承知でガジは奥義の三連撃を放った。 咄嗟に身を固めて防御を図るジルだが、それで彼女の足が止まった。 「畳み掛ける」 己の血液を触媒としたジェットの血魔術がジルに突き刺さった。 「ぐッ」 呻きながらジルは歯を食いしばって耐えた。 しかしそこに 「止めだ」 アークの火球が更に畳み掛けられた。 直撃を受けて全身から煙を立ち上がらせながらジルはそれでも堪えた。 「ああ」 未だ強い意志の光を宿した瞳で真直ぐにアークを見据えた。 「羨ましいな」 「羨ましい?」 聞き返すアークだが直ぐに合点がいった。ジルとアークは同じ火の系統の魔術を使う。しかし二者の威力の差は歴然としていた。 いやそもそもジルヴィア=カレンベルグという少女には魔術の適性がない。だから彼女がどれだけ修練を積もうともまともな魔術を修めることは出来ないのだ。 そんな彼女に対してアークは火の魔術を放った。彼女がどれだけ渇望しても得ることが出来ない夢の切符を、手足の様に当たり前に行使して。 そこにあるのは努力や才能では如何ともしがたい断絶だった。 「貴方みたいに私はなりたかったよ」 たとえ他でどれだけの実力を秘めていようとも、一番欲しいものが手に入らない少女は当たり前にそれを持っている少年を羨んだ。 「だから、此処で貴方を倒す」 ああ、だからこそ打倒して乗り越える。彼女は決意の炎を燃え上がらせた。 その姿に何時か抱いた危うさを思い返しながらジェットは不敵に笑うアークと彼女を見比べた。 「ああ上等だ。こっちも文字通り命掛けだからな。お前を倒す」 更に魔力を収束させるアーク、向かい合い爆薬を構えるジル、二人に挟まれたガジは頭を掻いた。 「俺としてはお前みたいななんでもできる奴のほうが一点特化よりも使えるとおもうんだがなぁ」 「でもそれじゃあ、私の夢が叶わない」 人が何を望み、何を欲するかは当人だけの問題だろう。例え周りからは途方もない愚行に映ったとしても、人がどう生きるかが己の手に委ねられている以上はそれに口出しする方がむしろ恥知らずという物だ。それをわきまえていないガジではない。 ジルは勿論、現在の自分の実力と適性を正確に承知している。全方位に穴が無い万能型、むしろ他人から羨ましがられるほどの才気にあふれている。 しかし、憧憬に目を焼かれた彼女にとっては万能型など何かを突き詰めることが出来なかっただけの落伍者に過ぎないのだから。 マタンが回り込もうとして罠に掛かった。 「もらっ……」 「いや、計算通りだ」 仕掛けられた電気ショックで手足を強張らせながら、マタンは踊りかかってくるジルに勝ち誇った。 ジルの背後から、ガジが殴り掛かった。 彼女がマタンに気を取られて視線を反らした隙に回り込んだのだった。 「格闘戦なら、俺が相手だ」 「ッ、仕方ないな。行くよ!!」 ジルは素早く毒草で染色したグローブを装着するとガジに殴り返した。フェイントを交え死角を突いてカウンターを入れた。しかし 「なら、俺だ」 二者の間にバルドが割り込んでガジを庇った。神官である彼は毒に耐性があった。 「まだ、だァッ」 裂帛の気合いと共に更に追撃を加えようと彼女は猛った。だが 「いや、そろそろ倒れとけ」 その背をマタンが撃ち抜いた。 策を練ろうと所詮は単騎。アマルガムは個人という傲慢を貫いたまま勝てる様な生ぬるい相手ではなかった。 撃ち抜かれた瞬間、衝撃を逃がそうとジルは跳んだ。しかし精緻を極めるマタンの射撃はそれでもなお、彼女の意識を狩り取るに十分な威力があった。直撃を受け彼女は糸の切れた人形の様に倒れた。 混濁した意識の中でジルは自分の始まりの景色を思い返した。 嘗て絶望の闇に沈んだどん底で差し伸べられた光の姿を。 屑だった、と自分で思う。 生まれて間もなく下水に捨てられた私は運よく孤児院に拾われた。 だからかもしれない、妙に乾いた性格をしていた。今思えばそれはただ単に諦めていただけかも知れない。大切なものが何もなければ、失う恐怖におびえることも無い。 自分の空っぽさがたまに身震いしたけれど、外面は良い子を保っていれば余計なトラブルも避けられるし、何よりも何も欲しがらないことは楽だった。 自分は塵屑なのだと、生まれたその日に思い知らされたわけなのだし、そしてここの仲間も多少の違いはあれ同じ傷を抱えた同類だ。ならばここはさながら塵溜めだろうか。でも、あるいはそれ故に塵にとってここは居心地が良かった。 今、思い返すと顔が熱くなる。 諦めたふりをして、何かを出来る様になろうともせずに良い子ぶって、そのくせ一人前に世界を見切って自己憐憫に浸っている子供。 ああ、何と浅ましくて救えぬ傲慢。 施設で周りの子の面倒を見たり、手伝いも積極的に行った。楽なあり方を保つための利己的な動機だったが、まあ褒められて悪い気がする訳でもないし、施設の先生方が喜ぶのも、何故か嬉しかった。その度に胸の奥から湧き上る気持ちを押し殺すように努めた。楽になりたいだけの塵屑は、そんなものきっと持て余してしまうから。 仲間たちの一人に酷く鈍臭いのがいることに気付いた。年上なのだが妙に隙の多い振る舞いから幼さを感じずにはいられなかった。 皿を洗えば落して割り、洗濯物を干せば直後に雨が降る、ドジで抜けているその少女はシオンといった。余暇に魔術の勉強をしているようだがあの性格では成果は知れた物だろう。 第一、よく孤児院を抜け出してどこかに行ってしまうような子だったのだ。 そしてその癖、年長者ぶるのだが、まあ好きにさせてやった。別段、困る訳でもないし。 そんな風に温まったい絶望の中で緩やかに腐ってゆく日々は唐突に打ち切られることになった。 ある日、森で薪を拾っていた所を私は誘拐された。 連れてこられた先は港湾部の倉庫のようだった。 貧乏でみんなが腹を空かせているような孤児院の捨て子で、身代金なんてとれないと説明したら彼らはそれも承知していた。どうやら彼らは人買い組織で私は商品として売り捌かれるらしい。 変態貴族の玩具として嬲り殺されるか、それとも腑分けされて腸をばら売りにされるのかまあいずれにせよ、塵にはふさわしい末路だろう。この薄暗い倉庫が人生最後の景色になるというのも、自己憐憫に浸っていた馬鹿な餓鬼にはぴったりだ。取り巻く夜気の全てが私の絶望そのものだ。 私は此処で死ぬのだと理解していてしかし、不思議と恐怖は無かった。 だって、同じことだから。 どの道、十五になれば孤児院を放りだされる。 そうしたら袖引きにでもなって場末で摩耗するか、冒険者にでもなって獣に食い殺されて野垂れ死ぬか、まあ長生きはできないだろう。 だって私は親の愛、人並みの倖せ、人生を切り開いて行けるだけの意志、そう言った人が誰でも持っている物を持たずに生まれてきたのだから。スタートの状態で大きく劣った塵屑が、普通の人に並び立てる理屈はない。 踏み躙られるか、利用されて消費されるか、まあろくでもない未来で私の末路は満ち満ちている事だろう。 世界にある幸せの総量は決まっていて、きっとそれは生まれた時に与えられた愛情の量に沿って配分されるのだ。誰からも待ち望まれた王様の赤ちゃんと下水に捨てられた生塵の命の価値が等しい筈がない。 そして塵は生涯、地を這い塵を食んで生きてゆく。ならば価値を持つのは原始的な力の多寡だろう。 親の愛、人並みの暮らし、明日を目指す夢や野心、自分には何もない。 なら食い物にされて終わりだ。 総ては上か下か、それだけなのだから。 だから静かな確信があった。 私はきっと幸せになれない。 だから、もうそれで良かった。 もう終わっているのと同じだから。 ジルヴィア=カレンベルグは、生まれた時に終わった塵屑だから。 諦めて最期を待っていた私の態度が、彼らの一人の気に障ったようだ。 『澄ましてんじゃねえ』 そんな事を喚き散らしながら、私を蹴り倒して馬乗りになって殴打を加えてきた。 痛かったがもうどうでも良かった。 好きにすればいい。 行き場、居場所も無いのなら、全部もう同じだから。 諦念の沼に浸るのは心地よくはないが楽だった。 後はもう、なるべく楽に死ねたらそれでよかった。 だがそこに―― 「見つけた!!」 ――魔法使いが現れた。 出入り口の扉が吹っ飛んで薄暗い月明かりを背に一つ小柄な人影があった。 もう、どうでもいいと捨て鉢になっていた私は何も期待せずに視線を向けて瞠目した。 そこにいたのはあの鈍臭い少女だった。 「私の、家族を返して」 はっきりと言い放つシオンに男たちは鼻白んだ。だがすぐに次の玩具を見つけたように残酷な喜悦に面を歪ませた。 「飛んで火にいる、か?おい」 リーダーの男が顎で指すと私にまたがっていた男がめんどくさそうに立ち上がった。 「ったく。まあアズガルドの旦那ならきっと報酬もたんまりでしょうしね」 彼らの意図を察して思わず男の足にしがみついた。自分のような塵屑がどうなろうとも構わない。でも自分のせいで、自分の為に行動を起こしたこの心優しい少女が自分のせいで踏み躙られることなど我慢できない。そんな悲劇が許されていい理由はどこにもない。 男は舌打ちをすると私の頭を蹴たぐった。何度も何度も石の床に叩きつけられて皮膚が破れて血が噴き出した。本当は『逃げて』とか叫びたかったが朦朧とする意識の中ではそれ敵わなかった。彼女が逃げる時間くらい稼げたならば、自分の命にもそれなりの価値が生まれるのだろうか、と思った。 だが突然、男の頭で爆発が起こった。男はその一撃で昏倒して床に倒れた。 陽炎のように揺らめく向こうで彼女が俯いたまま肩を震わせていた。最初は彼女が恐怖のあまり泣き出したのかと思った。何せ彼女は、フジムラ=シオンは鈍臭くて泣き虫でしょっちゅう年下の子にからかわれて泣いていた。 だが顔を上げた彼女は憤怒の咆哮を上げた。 「私の妹に、家族に、何をしているッ!!」 瞬間、大気が震え、空間が大きくうねった。彼女の周りにぽつぽつと蛍のような火花が瞬いた。その数は数百では止まらず、増殖を続けている。 呆気に取られていた男たちに彼女は静かに告げた。 「ジルを返せ!!」 次の瞬間、比喩無しに私を取り巻く全てが消し飛んだ。 後はもう、語るまでも無い。 星屑を纏った魔法使いを前に下らない悪党が立っていられるはずがない。 彼女が蛍火を男たちに向けて解き放ったのだ。そしてその群れを成して殺到する蛍火の一つ一つが炸裂し熱と風雷でもって空間を攪拌したのだ。蛍火の正体は極限まで収束された上位魔術だった。都合、数千以上の魔術に発破されて工場は瞬く間に消し飛んだ。 床に倒れていた為に無傷で済んだ自分でも突然現れた夜空には唖然とした。 だけど何故か胸がすく思いで笑みが零れた。 何だこの程度か。 落胆に似た爽快さに自嘲した。 自分の絶望なんてこの程度なんだ。 突発的に起きた不幸で諦めて、そしてご都合主義じみた魔法にあっさり救われる。水面に揺蕩う木っ端のようなものだ。 ああ、本当に魔法だ。 絶望を全て払拭して、塵屑でさえも救済してしまえるほどに。 ――でもそれは、まるで自分の浅薄さを見せつけられるようで 「ジル」 シオンの声が耳に飛び込んでくると同時に瓦礫の中から抱き起された。 「大丈夫?、怖かったよね。辛かったよね。痛かったよね。でも、もう大丈夫だよ」 自分よりよっぽど取り乱した、童話の魔法使いみたいに全能な彼女が少し可笑しかった。他人の諦めを根こそぎ払拭しておいて、私なんかにそんなに心を配らないでよ。ほら私は大丈夫だから。 「私は大丈夫です。それに、私が死んでも特に世界に影響はありませんから、だからなんていうか」 あの家は、いつも貧乏で、みんなお腹を空かせているから、一人いなくなればその分食扶持に余裕が出るし。 「ほっといてくれて、良かったのに」 だから、大丈夫だから 「ほっとくわけないでしょ」 こちらを覗き込んだ、その瞳に涙をいっぱいに溜めて彼女は私の肩を掴んだ。 「私たちは家族なんだから、私は世界の何よりも貴方が大事なんだよ。だから、大丈夫なんて言わないでよ。そんな顔で、大丈夫なんて、言わないでよ……」 この人は何を言っているのだろう。嗚咽を噛殺しながら私を胸に抱いた彼女を安心させるために軽口でも叩こうとして、声が出なかった。 「ごめんね。気付いてあげられなくてごめんね」 本当に何を言っているんだろう。 なんでこの人が詫びるのだろう。 何に謝っているのだろう。 良く分からないけど、落ち着かせよう。 騒がず、燥がず、いつものように『良い子』でいよう。 なのに震えが喉の奥の方からせり上がって来て肩が上下するほどに揺れて、吐息と不明瞭な唸り声しか出なかった。 そんな私の頭を彼女は胸に抱いて何度も撫でてくれた。 「ごめんね。ごめんね。ずっと辛かったよね。寂しかったよね」 目頭が熱い。 夜風が撫でた頬の冷たさで初めて自分が泣いていることに気付いた。 「……ごめん……なさい」 ようやく出た言葉は謝罪だった。 何もかもから目を反らして、悟ったような態度や思い上がった傲慢さが酷く恥ずかしい。自分の矮小さと厚かましさに耐えられない。彼女の事を実は密かにちょっぴり馬鹿にしていた事が申し訳ない。 でも 「ごめんなさい」 助かった事が、生きながらえた事が、もうごまかしようもない位に嬉しかった。 自分はこんなにも醜いのに 彼女の正しさに耐えられない位、汚いのに それでも感じる温もりと鼓動がどうしようもないほどに幸せだった。 シオンは何も言わずに抱きしめてくれた。 堰を切ったように泣き喚いた。 生まれた時に出来なかった事を、生まれた時と同じように声を上げて泣いた。 再誕の夜を月灯りと星々が彩った。 ようやく気付いた。自分は何も諦めることなんかできていないって。ただ、手に入らないと思い込んで、努力が裏切られることを恐れていただけの卑劣な臆病者なのだと。 自分は、本当は幸せになりたいだけの子供だった。そしてそれに飢えた強欲さに怯えていたのだとも。 そのことを、今は認めてやろうと思った。 帰り道、彼女に何気なく聞かれた。 「ねえ、ジル。貴方はどんな人間になりたいの?」 未来など、自分には縁がない話だと思っていた。でも、今ははっきりと答えることが出来た。 「貴女みたいになりたい」 するとシオンは不思議そうに小首を傾げた。 「ジルは魔法にしか取り柄が無い私よりよっぽどすごいと思うけど。貴女、出来ない事なんて殆どないじゃない?」 そうじゃないと頭を振った。 「貴女のような、『魔法使い』になりたい」 貴女のような―――に 決意を宣したその瞬間、胸の奥に焔が灯った。 自分の心臓も動いているのだと、高鳴る鼓動が思い出させた。 正に魔法だ。あの日、自分は人間になれたのだ。 往くべき輝く道が見えた。 その光に惹かれて突き進むのだと己の運命を決定した。 たとえその衝動が誘虫灯に吸い寄せられる蛾と同じものなのだとしても、それでも憧憬に近づきたかった。 彼女のように 塵屑が抱くにはあまりにも烏滸がましい祈りなのかも知れないが 思えばジルヴィア=カレンベルグはあの時、初めて人間になったのだ。 何の欲望も、乾きも持たない人間などいない。 欲望の対象は日々の糧や寝床といった生存に不可欠な物から、或いは他者からの承認や支配欲といった目に見えない物など多岐にわたる。 何かを欲し、それを獲得するために行動する。 それは動物の本能であり生きるという行為の本質に刻まれた不文律なのだ。 だから、何も欲さずただ日々を消費する在り方は絶対に間違っている。 私は己を恥じた。私はなんと傲慢な思い違いをしていたのだろう。ああそうだ。私は何とも救い難い塵屑だ。 悲劇の主を気取って全てを諦めているようで、結局与えられたものを甘受してその上に胡坐を掻いてそのくせ生きることを放棄して生きながらえて居ただけなんだから。私はなんと醜く浅ましいのだろう。 でも、赦されるなら 思い切り駆けてみよう。 今の私には胸を焦がす憧憬があるのだから。 彼女のような『魔法使い』になるのだと、誓ったあの日にかけて妥協や諦念に屈するわけにはいかない。 だから 彼女は己に問いかける。 ――ねえ、ジルヴィア=カレンベルグ。そんなところで寝ていてどうするの?まだ致命的な決定打を一つもらっただけでしょう? 「普通、致命的な決定打が出たらそこで終わりだと思うけど……」 ――普通ならそうだね。でも貴女は普通でいいの? 「!!、それは……」 ――瞼の裏にはまだ、いいえ、貴方の網膜はあの日、彼女の光輝に焼かれたのだから。今でもありありと思い返す事が出来るでしょう?貴方の憧憬を ジルは奥歯を噛んだ。 ――その彼女なら、フジムラ=シオンなら、こんな所で倒れるかしら 「……あの人なら、絶対に勝つ。こんな無様を晒すことなく。ムカつく位に余裕で」 ――ならジル。貴女も勝ちなさい。良いのを一撃貰ってぶっ倒れて、堅気の試合ならドクターストップがかかる程度のダメージを貰った程度でしょう?ならこんなのスタートみたいなものじゃない。貴方は普通より劣った人間なんだから、普通のままじゃあ、いつまで立っても塵屑よ 「そうだね……」 ――ほら、ジル。何時までそうして寝っ転がっているの?日曜日じゃあないんだからふざけるのはその辺にしておいて早く起き上がりなさい。貴女は頑張れば出来る子なんだから出来るまで頑張りなさい。やれば出来る子なんだからとっととやりなさい。 「分かってる」 ――ええそうでしょう。ここで倒れたままでいいなんて――…… 「……――そんな理由は無い」 ジルは再び立ち上がった。その姿に只の生徒たちは根性があると思い歓声を上げた。 「おいおい、まだ起き上がるのかよ……」 薄気味悪いモノを見た様に肌を泡立たせるマタンだが、怪訝に思ったのは彼だけではない。フローや崇山泊の面々といった新入生の上位戦闘者は皆一様に眉を顰めた。 『理屈に合わない』と ある程度以上に経験を積んだ戦闘者ならば戦闘の結果、打倒された者の姿をみてそれが立ち上がれるものかそうでないものかの区別はつく。そしてジルの倒され方は間違いなくもう立ち上がれない類のものだった。 ふと馬鹿げた考えが頭をよぎりフローは鼻を鳴らした。 有り得ない。荒唐無稽すぎる。手品には必ず何かの種がある筈だ。 まさか何の種も仕掛けも無く只の意志力と精神力、即ち気合と根性で肉体の稼働限界を超越したなど、あり得る筈がない。 そして観客席のキルライトはやらかした馬鹿を見る様に頭を振った。 「あーあ……。フジムラ先生も可哀想に。可愛い妹が自壊する姿を見ることになるなんて。にしてもあのお嬢ちゃん。まともなのはガワだけで相当にイカれてるな」 立ち上がったジルは肩を上下させ荒い呼吸を繰り返していた。時折、せり上がってくる鉄の匂いを噛殺しその度に噎せ返った。 熱い呼気が喉を焼く。神経は絶えず発火し最早痛いのか熱いのかの区別がつかない。目は霞み、聴覚も異常を来して雑音混じりの騒音だけが頭蓋に反響している。 ダメージが痛覚の閾値を超えている為に熱と漠然とした不快感のみが皮膚の下で蠢いているのは幸いだった。痛みとは肉体の損壊を抑制するために本能が掛けた行動へのブレーキに他ならない。意志力のままに駆けるには邪魔なだけのそれが壊れている現状は彼女にとって願ったりかなったりといえる。その代償がたとえ己の破滅なのだとしても。 「そんな事、知るか」 彼女は興奮と憤怒で絞り出した脳内麻薬が意識の精度を上げ、破損による身体機能の低下を克服した。意志の力で己の全てを鉋にかけ、削り出した命を薪にくべて燃え上がるのみ。 命の崩壊に対する警告音は悪寒や嘔吐感という形でまだ感覚器を掻きむしっている。でも大丈夫。あの日の焔がまだこの胸に灯っているから。空っぽだった寒さに比べれば、もう何も怖くない。 だって私は、夢を抱いて生きることが出来るのだから ならば後は―― 「続きを始めましょう」 絶えること無く、果ても無く、限り無く、何処までも駆け抜けるのみ。 この身は非才な只人なれど、諦めることだけは肯えない。 それを眺めてテオスは口許を歪ませた。 「成程、彼女の存在は全くのノーマークだったが……。ハッハッハ」 新しい遊び相手を見つけた子供のように無邪気に、そして魔王のように笑った。 「ようこそ。私たちの世界へ、さあ君も壊れるまで駆けるがいい。まあしかしこの場において君の勝利は不可能だがね。何せ絶対値で君はアマルガムに劣っているのだ。しかし、それがどうした。見返りが約束されていなければ走り出すことが出来ぬ屑ではあるまい。なにせ君はフジムラ=シオンの身内なのだから」 「じゃあ続きをやろうか」 立ち上がり顔を上げたジルは悠然と言い放った。 「満身創痍じゃねえか……」 「大した根性だが、それ以上やったら死ぬぞ?」 彼女の身を案じるアークとマタンに事も無げ彼女は答えた。 「死んだら私はその程度の人間だった、ってことでしょ。別に気にするような事じゃない」 そんな風に平然と、己の歪みを露わにした。 「夢を抱いて前に進むのなら、それ以外に大切な物なんて何もないじゃない?その過程で倒れて死んだとしても、それはただの結果であって別段騒ぐようなことじゃない」 「半分だけ同意するが」 アークが表情を歪めた。 「でも共感はしたくないな。死んだらその程度って言うが死んだらそれまでじゃねえか」 短く頷くと彼女はあどけなく笑った。 「まあ私の求道の話なんだから、さ。別に誰かに強要する気はないよ。ただの私がこうじゃないと自分を赦せないってそれだけの話だし」 どこまでも普通の少女のように その上で壊れた感覚器を動員して痛みを噛殺しながらウインクした。 「所で、そっちこそもう限界ならギブアップを認めてあげようか?」 「言ってくれるな。だがそう言うなら勝たせてもらうぞ」 ガジは真っ直ぐに睨み返した。 「お前は強いな。ならもういう事は無い。言ったって止まらないんだろうからな」 マタンも戦意を滾らせた。 再び両者の間に闘争の空気が満ちた。 「ま、多分、そっちの方が上なんだろうけどね」 何気なく彼女は零した。 「当たり前に考えれば明白だよね。能力を動員した絶対値を比べればどう比較しても私が劣っている事は明白でしょう。そもそも人数だって違う訳だし」 「人数の話をされると耳が痛いな」 アークが苦笑した。 「でも、誘いを断って一人を選んだのは私だし。能力が劣っているのだって私の努力が足りないだけ。だからそこの是非を問うべきじゃない」 ふと、彼女は再び強がって肩を竦めて見せた。 「ま、要は簡単な話でさ。気合と根性を滾らせて、全身全霊を絞り出して、絞り立ての全力で手段を選ばずにぶつかっていけば多分何とかなるでしょう。だから悪いけど私が勝つよ!!」 「こっちこそ悪いな。勝つのは俺達だ」 アークが言い終える前にジルが駆けた。 すでに肉体機能の半数は破損している。彼女に出来る事はもうそう大くない。ならば乱戦に巻き込んで力技で押し通す算段なのだろう。 しかしその前に、マタンが飛び退いて距離を取った。 同時にガジが殴り掛かった。しかし 「まだだァッ」 防御をかなぐり捨てて彼女は殴り返してきたのだった。 「捨て身か!?」 ガジが眉を顰めた。 脆い脇腹にガジの拳が突き刺さると、そのまま血反吐を吐き散らした。彼は拳が捉えた感触に呻いた。 柔らかい肉袋に沸騰した血液を詰め込んだような異様な感触は今にも燃え尽きそうな蝋燭を彷彿とさせた。 そして彼女はアークへと殴り掛かった。重症人とは思えぬ速度に反応できずに直撃を受けたアークだが、負けられないのは彼も同じ。その思いで正面から受け、そして耐えた。 「ぐあぁッ」 その背にマタンの放った矢が刺さり彼女は呻きを噛殺した。しかしそれでも止まらない。 そこにガジが畳み掛けた。 捨て身の反撃を物ともせず、彼の一撃がジルを蹴鞠の様に吹っ飛ばすと彼女は血反吐を撒き散らしながらもんどり打って倒れた。 戦闘不能は誰の目にも明白である。 しかし―― 「ふざけるな、まだだ」 そんな己の惰弱さに対する怒りで破れぬ不文律を覆して、再び立ち上がった。 しかしそれは決して損傷を克服した訳ではない。 ダメージをモノともしない推進力で突き進んでいるだけだ。例えるならば軽自動車に核動力を搭載したようなものだ。例え力はあってもフレームが持つはずがない、最早崩壊は秒読みだった。 吐き出す血に解けた肉の塊のようなものが混じり始め、全身から黒い蒸気のようなものが上がり始めた。加速した代謝で肉体が溶融し始めているのだ。 「その根性は大したモノだが、いや言うまい」 努力という名のその自壊を痛ましく思いアークは目を伏せた。 どこまでも理想へと、命さえ燃料に変えて突き進む姿はどこか殉教者のようにも見えた。 「倒して止めるしかない」 ジェットとアークが魔力を収束させて放った。 ダメージが足に来ているジルは反応すらできずに直撃を受けた。 そして更にガジの攻撃が放たれた。先と同じように放たれるジルの捨て身。ただその反撃は先ほどよりも鋭利さ増していた。 まるで致命傷から立ち上がったことで能力を覚醒させたかのように。 ガジの拳が突き刺さると再び倒れた。 しかし 「まだだ!!」 同じように復活した。 舞台袖で一人でアマルガムとジルの戦いを見守っていたシオンは膝から崩れ落ちた。 「ジル……、もう止めて」 後悔と慙愧に美しい面を歪めて、大粒の涙が幾筋も頬を伝って落ちた。 精神力で不利をモノともせずに何度も立ち上がる若者の姿、不撓不屈の意志の輝き。それは確かに尊く美しい。故に人々はそう言った素晴らしく感動的な見世物に陶酔し心を奪われるのだ。その影でで彼らがどれほどの危険を冒しているのかなど考えもせずに。 気合と根性。そんなもの、ただの無理と無茶ではないか。 身体と精神を破壊するような負荷をただ我慢しているだけだ。そんなものをまるで美しい物であるかのように賛美するなどどうかしていると、フジムラ=シオンは思っている。そしてそうやって未来ある若者が壊れていく現場を皆で娯楽として消費してゆく現状に無神経でいられるほど彼女は強くなかった。 テオスのように、そう言った残酷な諧謔の悪性を嗤う程の境地に立っていなければ、観衆のようにそこに気付かぬほど鈍くも無い。 しかし彼女がいくら言ってもこれを止めるテオスではないだろう。もとより止める理由など無い。 彼女はただ、夢に向かって努力をしているだけなんだから。 そして自分が止めた所でジルは突き進み続けるだろう。例え魔術で砲撃して闘技場を粉々に吹き飛ばそうとも、背後から一撃で昏倒させようとも、それで立ち止まった己へと赫怒を燃え上がらせて前へと前へとより一層生き急ぐ。破滅(まえ)へ、終末(まえ)へ、末路(まえ)へ、死(まえ)へ。 空っぽだった魂に刻まれた憧憬はそれほどまでに強い衝動となって彼女を突き動かしている。 聡明なジルは間違いなく自分の行為の意味を理解している。理解した上で己の命を燃料に前進を止めないのだ。自分が彼女をそう仕立て上げてしまった。自分と同じく己の命を消耗品としかとらえることが出来ない呪われた理想の殉教者へと。 そもそも家族愛の強いシオンにジルを攻撃することなど出来る筈がない。 だから彼女にはここで愛する妹が壊れてゆくさまを見守るしかなかった。 何よりも、彼女をああしてしまったのが自分自身だという事実がどうしようもないほどに彼女を苛んだ。 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。私が馬鹿だったの。悪かったの。でも、お願いだからもう止めて。そんな風に、貴方までなってしまったら、私は……」 どう償えばいいのか分からない。 過去の罪が彼女の脳裏をよぎった。 己が才気の輝きで焼き尽くして、その手にかけてしまった仲間たちの姿が…… 刻一刻とジルの命は削れている。彼女の余命は一秒ごとに年単位で減殺されている。 だがそれでも彼女は止まらない。 「要は一撃で昏倒させればいいって事だな。簡単なゲームだ」 ゲームに勝つ手段を固めるアークに対して目の前で削れていく少女の命にガジが表情を歪ませた。 「俺はそこまで割り切れんよ」 そんな葛藤をあざ笑うかのように何度倒されてもジルは立ち上がった。しかし徐々にジルの体力は低下していった。それが、彼女の命が燃え尽きているようでやる瀬なかった。 「見ていられないんだよ、だからこれで決める!!」 四度目になる交差、ガジ自身も反撃で痛打を受けながらもジルを倒すといい加減に力尽きたのかもう立ち上がって来なかった。 倒れた彼女から立ち上がっていた湯気が消えた。異常な肉体の活性化が収まったのだ。そしてそれどころか体温も急激に低下し死んだように動かなくなった。 「お、おい、大丈夫か!!」 係の者が現れ担架で保健室に運ばれそこでルカの診断を受けることになった。一目見ただけでルカは深刻な面持ちでいくつもの薬を投与し始めた。 彼は代謝を強制的に活性化させた代償に内臓が融解しかかっていると診断された。実際に意識不明の重症である。 そこにシオンが現れる。目を腫らした彼女はそのままジルの元へと駆け寄りジルの手を握った。 そしてジルに呼びかけると彼女の体が燐光に包まれた。そして風化するように彼女から傷が剥離して、やがて傷一つない状態にまで回復した。 「ジルッ!!」 シオンの呼びかけにジルは薄らと瞼を開いた。 「流石だねフジムラ先生」 ルカが傍らに近寄ってジルの目を覗き、脈を計った。そしてホッと安堵の息を漏らした。 「うん。外傷は完治したようだね。まあでもしばらく安静は変わらないよ。というかどうせ二三日はまともに歩けないと思うからしばらく休んでなさい」 「え、でも傷は完全に治した筈ですよ」 「外傷を治した所で部品部品に蓄積した損耗は消せないよ。それができたらもう治療じゃなくて新造だよ。君は妹さんをクローン体にでも作り変えるつもりなのかね」 シオンは理解したのかそうではないのかあいまいにはあと頷いた。 「ごめん」 ジルが俯いたまま呟いた。シオンがえっと返すとジルは続けた。 「勝手に燥いで、勝手に無茶して、それで負った傷なのに、治してくれたんだよね。私の馬鹿で余計な手間を掛けさせちゃって……その……」 「ジル、それは違うよ。私は」 「ごめん……。本当にごめん」 ジルが纏う重く昏い失望にシオンが言いよどんでいるとジルは顔を上げて浅い微笑みを作った。 「次は、次こそはフジ姉に迷惑を掛けないように。もっと頑張るよ。もっともっと」 その言葉にシオンはいよいよ言葉を失った。そこにあったのはいつもの快活で朗らかなジルだったから。 「もっと、もっと、もっと、もっと、こんな不十分で中途半端でみっともない、言い訳じみた塵屑じゃあなく、もっとちゃんと努力するよ」 先ほどまでの姿は紛れもない彼女の本性であると語るかのように、殉教者は己の末路へ至る道を進むと再び宣した。 「もっとちゃんと、最後まで、出来るまでやり続けるよ。だから見てて」 その言葉がどれほどシオンを追い詰めるのか、気付かぬままに。 そこでジルはアマルガムに気付いた。 「あ、みんな」 いつものように快活に笑い手を振った。 「あはは、そっか、負けちゃったんだ。いやーもうちょっとイケると思ったんだけどなぁ」 「俺史上最大の頑張り屋さんだよ。ジルは」 ジェットが肩を揺らすと彼女もどこか清々しい面持ちで手を差し出した。 「全力を出して負けた訳だから悔いはないわ。おめでとう、みんな」 しかし痛みに顔を引き攣らせた。 「っ痛、ゴメン、握手は後日で」 「取り敢えず安静にしてろ。絶対な。絶対だぞ!!」 強めに念を押すアークだが、ほぼ振りだった。 「みんな、私の屍を踏み越えていく訳なんだし、折角なら優勝しちゃってよ」 実際に死体になりかけたジル言うと笑えない冗談にシオンは凍りついた。 「ま、まあ決勝戦は明日だからみんな一先ず休憩しようね」 「え、決勝は明日なの?」 「えーと、まあ闘技場の修理とか掃除とかあるから……」 ちらりとシオンがジルを見やった。闘技場に炎上騒ぎやガラス片を散布したジルを。 「記憶に御座いません」 「おい」 和やかに談笑しているとルカが入ってきた。 「いま連絡があったんだけど、決勝の相手はヴァンスター戦士団みたいだね」 「ドレッドレイダーズはやっぱ駄目だったか」 朗らかに笑い飛ばすアークだった。 「ああ、メイスン=フリーズはエヴァラール=フローに一撃でやられたようだね」 「あいつ弱いなぁ……」 アークは遠い目をした。 「お前の雄姿は二秒ほど忘れない」 「鳥程度の執着なのね」 そんなジルにシオンがそう言えば、と手を打った。 「どうでもいいけどジル。試合を通して貴方限りなくモンクかレンジャーだったよね」 「………………うん」 ジルはちょっと泣きそうになった。 「フジムラ先生……、あまり病人を追い詰めないように……」 ルカのフォローが止めとなった。 「みんな、悪いけど疲れたからちょっと一人にして」 彼女は鼻声で皆に退出を促した。 全員が出た後、ベッドのカーテンを閉めるとルカも退出した。一人残された保健室で彼女は滲む天井を見上げた。 「届かなかったか、悔しいなぁ……」 昔歳の誓いは遠く、まだ背も見えない。 目を擦った。擦っても擦っても涙がこみ上げてきた。そしてジルは一人きりの薄暗い病室で声を殺して泣いた。 マスターシーン 決勝前夜、ロベールとフランクはヴァンスター寮の談話室で密談していた。 「どうなっているのですかフランク先生?」 丁寧な物腰で、しかし年齢に似つかわしくない怜悧にヴァンスターの参謀ロベールはフランク=モーガンに尋ねた。 「何故、オリエンテーションで不幸な事故に見舞われたはずの彼らが新人戦の決勝まで勝ち残っているのでしょう」 フランクは忌まわしげに舌打ちをした。 「あのクズ共め。エクストラドロップを二つもくれてやったのにしくじりやがったか」 ロベールは小さく鼻を鳴らすとモーガンの正面のソファーに腰を下ろした。 しばらく二人の間に沈黙が降りてきた。 コツコツという時計が時間を刻む音が妙に大きく部屋に響いた。 やがて根負けしたようにモーガンは頭を振った。 「分かったよ。認めよう、少し侮った」 両手を上げるフランクにロベールは苛立たしげに息を吐いた。 「済んだ事はどうでもいいのです。先生。大事なことは」 「これからどうするか、か?」 眉を顰めるロベールにフランクおどけた表情を浮かべた。 「ええ、貴重な熾天探索の権利を余所にやる訳にはいかない。なんとしてもアマルガムには退場して頂かないとね」 「ハッハ、随分警戒しているな。そんなにアマルガムが怖いか?」 「ええ、私は自分より強い人間は全て怖いですよ」 挑発を事も無げに流されて鼻白むフランクにロベールは続けた。 「そして、勿論、エヴァラール=フローの実力もね。所詮は只の剣術自慢。鉄の棒切れを振り回すのが上手いだけ、いや、そんな遊びに変なこだわりを持っているだけ、扱い難い無能というものだ」 茶化す様にフランクは口笛を吹いた。 「辛辣だねぇ。新入生最強との前評判だったんだがね『花騎士』は」 「そんなものは物を知らない人間が流した風評ですよ。一目見て分かりました。あいつは凡人の中の天才に過ぎない。絶対には遠い」 彼の声色に昏い熱がこもった。 「努力とか、才能とか、真の強者はそう言う物ではたどり着けない場所にいるものです」 「例えば、ユーグ=デモレーとか、かな」 その名前が出た途端、ロベールは一瞬だが表情を歪ませた。ロベールがユーグに嫉妬の念を抱いている事をフランクは知っていた。ロベールは密かにヴァンスターのリーダー・マリー=ペルゴールに心を寄せていた。しかしそのマリーはユーグに懸想している事をヴァンスターでは本人以外の全員が知るところであった。そして当のユーグはマリーには見向きもしないどころかヴァンスターの仲間たちともどこか距離を取りロベールの命令にも従わずに勝手気ままに振る舞っている。だが、彼がヴァンスターの誰よりも熾天の深層に至っているのもまた事実だった。 故に彼のそんな自分勝手な振る舞いが一層マリーの心を掴み、それが尚、気に入らなかった。 力で敵わず、己の戦略をも盤面の外からワヤにするワイルドカード。男としてロベールはユーグに対する劣等感に苛まれていた。 フランクは密かに口許を歪めた。この賢しい餓鬼の心の痛点を付いてやった事が痛快ですらあった。 だが、そんな彼の愉悦に反してロベールはすぐに澄ました態度に戻った。幼い頃から権謀術数の世界に生きてきた彼は己の裡を晒す危険性を熟知していた。それ故に心にはいつしか頑強な鎧を着こむ様になっていたのだ。 「さて、話を戻しますけど、要は彼らがいなくなってしまえばいいわけです」 そんな可愛げのない所にまたフランクは内心舌打ちをした。 「先生。どうかここは先生自ら動かれては如何でしょう。勿論、その旨は皇帝陛下にもご報告いたしますよ。先生の能力ならば人間を六体程度、簡単に消し去ってしまえるでしょう」 熾天探索の果てに得た自分の特殊能力の特性を把握されている事実にフランクは眉を顰めた。 「貴様……どこでそれを」 「そう言うのに詳しい知人に教えてもらったのですよ。まあ金は払いましたがね」 ロベールの脳裏に金髪色眼鏡の少年の姿がよぎった。 「一つ、勘違いをしているようだから教えてやる」 フランクが苛立ちを露わにした。 「私と君はあくまでも教師と生徒。便宜を図ってやることは吝かではないがお前の手駒に成り下がった訳じゃないぞ」 「怖いんですか?」 凄むフランクにロベールは間髪を入れずに告げた。 「新人戦で各勢力間がピリピリしている事は学園も知るところでしょう。だからそんな状況で現象顕現(フェノメノン)を使用して決勝出場者を消し去れば恐らくは学園に貴方の関与が知られてしまう。だから怖いんですか?その」 殊更静かにロベールは微笑んだ。 「校長先生の御叱りを受けるのが」 一瞬、フランクは言葉を失った。 「……君は思ったよりも頭が悪いようだね」 不自然な静謐を以てフランクは口を開いた。 「テオスが怖いか?だと」 取り繕った態度を取っているがフランクは明らかに苛立っていた。 「あの男はそう言う次元の存在ではない。私は君の為に忠告しておく。何か計画を立てるならあの男に感づかれない事を最優先にしなければならない。あの男は学園内で定めたルールに背く者がいれば容赦なく粛清に来るだろう。そうなれば君のちゃちな悪巧みなど一瞬でワヤだ。例え僅かでもあの男に抗し得るなどと思うな」 テオスに対する事実上の敗北宣言をどこか誇らしげに語る彼の姿は内心で失笑を禁じ得なかった。 「テオス=グローリアは誰が何をしようとも無敵なのだ。この学園で陰謀家を気取るならまずはそれを牢記したまえ」 ――なんだ、学園の教師といえどもこの程度か、と 「ええ、分かりました。先生。ご教授いただき感謝します」 急にロベールは年相応の無垢な笑顔を浮かべ、それまで見え隠れしていた挑発的な態度を一変させた。 「なっ?」 フランクは思わず目を白黒させた。 「確かに、僕は自分の考えに固執するあまり現実が見えていませんでした。ありがとうございます。もう少しで仲間たちみんなを危険に晒すところでした」 ロベールはさらに立ち上がり頭を下げた。 毒気を抜かれたフランクは曖昧な相槌を返すのみだった。そこにロベールが再び話し始めた。先ほどの試すような口調ではなく、今度は申し訳なさそうに下手にでるように。 「では、先生。彼らには自主的に出場辞退してもらいましょうか。いえ」 ふとロベールは言い直した。 「ここは頑張ってフロー君に勝ってもらいましょうか。その方が八方丸く収まる」 フランクは小首を傾げた。フローではアマルガムに負けうると言ったのはロベールではないか、と。 「聡明な先生でしたらもうお分かりでしょうが、先生、貴方の伝手で適当に人を集めてもらえませんか?二、三人で構いませんのでヴァンスターと縁もゆかりもない、それなりに腕の立つ者を」 「あ、ああ可能だが……」 その返答にロベールはほくそ笑んだ。 当初からの予定通りの計画を実行に移せることと、フランク=モーガンという男の底を垣間見ることが出来たことで。 ミドル その夜、一行の元にアンマンが現れた。 彼は顔を合わすなり土下座した。 「すまない。明日の試合、負けてくれないか」 「どういうことだ」 彼によると、彼とフローと幼馴染でありフローの実家は帝都近郊の大領主だったのだ。しかし数年前に領地で大きな火災が起きた。それは『アウトレイジ』という反皇帝のテロリストによって引き起こされたものであり、スラムの住人が全滅するという痛ましい事件だった。そしてその事件に際し、親皇帝派の重鎮であった彼の祖父がテロリストの凶刃に倒れたのだった。 そして後を継いだ現当主、つまりフローの父は盆が暗い癖に身の程を弁えぬ野心家でもあった。事もあろうに彼は旧皇太子派の残党と接触を図ったのだ。恐らくは領地で起きた火災と先代の急逝による家の台所事情の悪化をどうにかしようと足掻いた結果なのだろうが間違いなくそれは失策であった。 世の常として無能な働き者がやる気を出して頑張ると碌なことにならないものだが、彼の一手は家の命脈を半ばまで断ち切ることになった。幸いなことに皇帝の懐刀と呼ばれるバルドル伯爵が事態を嗅ぎつけ早急に解決したために彼の家が反逆者となる事態は避けられた。 しかし、反逆者と通じていた罪は重く彼の家は先祖累代の領地も地位もほとんどを剥奪されてしまった。以後、彼の家は赤貧を洗う立場に身をやつしていた。 しかし士官学校でフローの剣の腕が皇帝の目に止まったことで彼にチャンスが訪れた。紅堂院で熾天制覇における実績を残すことで没収された領地や地位が返還されるというのだ。 「だから頼む。この試合負けてくれ。これはあいつがあいつの全てを取り戻すチャンスなんだ」 地面に額を擦りつけながら、絞り出すように懇願した。 「俺がどれだけ恥知らずな事をしているかも、そしてコレがアイツ事をどれだけ馬鹿にしてるかも分かってる。でも頼む」 その声が擦れた。 「……友達なんだ」 「お前の話は分かった」 アークは屈みこんで彼の肩を掴んだ。 「だが俺にも譲れない物がある。だからお前の頼みは聞けない」 真摯な目で彼の目を射抜いた。 「それにお前が恥も外聞も捨てて友情の為に頭を下げたのは立派だと思う。でもな、譲れない物の為に戦ってるのはフローも同じだろ?あいつはお前に勝ちを恵んでもらわなきゃならないような負け犬じゃねえだろ」 そして彼を立ち上がらせた。 「今の話は聞かなかった事にしてやる。だから」 アンマンの胸を小突いた。 「明日は全力で来い。俺達も全力で行く」 その言葉に彼は己を恥じる様に改めて詫び、そしてその場を後にした。 部屋を出た後、彼は廊下の角で待機していたロベール=モンパールに呼び止められる。 「交渉は決裂したようだね」 「……はい」 「ならばやるべきことは一つ。分かっているね」 「……しかし、そのような行為、帝国貴族の誇りにッ!それにあいつが、フローが知ったらッ!!」 「そのために私と君が暗躍しているんじゃないか?」 悲痛に表情を歪めるアンマンの肩をロベールは叩いた。 「それに考えようによってはこれこそ友情という物じゃないか?勝ちの為に泥をかぶることが出来ない未熟者のために汚れてやる。ああ、気高い献身じゃないか」 「フローは、フローの勝利には、そんな汚れは許せないと思っているはずです」 「僕には理解できない価値観だね。勝ちは勝ちで負けは負け、塵は塵で屑は屑。全ては上か下か、貴か賎か、それだけだろう」 ロベールの言っている事は間違いなく正しい。合理的で大人の価値観なのだとアンマンは理解していた。だが、同時に彼はフローの未熟で幼稚な執着の事も分かっていた。その妄執に彼がどれだけ命をかけているのかも。 しかし―― 「いずれにせよ、貴族ならば義務を果たせアンマン」 「……はい」 彼はフローの友達だ、それは間違いない。 しかし同じくらい彼はどうしようも無いほどにヴァンスター貴族でもあった。 ミドル 翌日、控室で一行は唸っていた。問題は一行の元に届けられた一通の封筒である。 そこには椅子に縛り付けられたジルの写真と決勝戦にわざと負ける様にと書かれた手紙が同封されていた。このことを誰かに洩らしたら人質の命は無い、とも。 「卑怯な奴がいるものだ」 「アンマンがこういう事をする奴には見えないが……」 ガジが首を振った。 「ヴァンスターにもつまらん奴はいる」 「だけど実際の所どうするんだ」 バルドにマタンが唸った。 「どうするって……、どうするよ」 名案が出ずに、そんな風に唸っていると扉が勢いよく開かれた。 「よぅ後輩共。先輩が陣中見舞いに来てやったぞ?」 キルライトは屋台の焼きそばやたこ焼きのパックを片手に軽い調子で中に押し入ってきた。しかし彼はそこで室内の妙な雰囲気に気付いた。 「……もしかして先輩、滑ってる?」 彼はハッとなった。そんな彼の姿に一行はニヤリとほくそ笑んだ。 「丁度いい奴が来たな」 疑問符を浮かべるキルライトとアークが肩を組んだ。 「何言ってるんだマイフレンド」 「え?俺ら友達だったの?」 「先輩!!僕たち貴方をお待ちしておりました」 マタンまで爽やかな笑顔で彼を迎える始末、キルライトの背筋を寒気が駆け抜けた。 そこにもう一人、客が訪れた。 「えーと、此処がアマルガム、アーク君、いますかー?」 先日、アークが街で出会った少女ジンだった。 「アハハ、まさか本当に決勝まで残るなんてすごいじゃないですか。陣中見舞いにチマキを買ってきましたよー。先輩の優しさに咽び泣きなさい!!」 そして室内の妙な空気に凍りついた。 「……もしかして、もち米苦手でした?」 ツボがずれて居た。 彼女はやや天然だった。 「丁度いい、ジンさんにも手伝ってもらおうか……」 そこで一行は二人に事情を説明した。 「ハァッ!!?」 二人は同時にキレた。 「なんじゃそりゃ、ひでぇな。普段なら爆笑するところだが今日ばかりは許せねえ」 「ええ、普段なら手抜かりを嗤う処ですが今日ばかりは許せません」 彼と彼女は割と外道だった。 「なんで今日は例外なんですか?」 まさか正義に目覚めたのだろうか、バルドの期待はしかし裏切られた。二人とも結構シャレにならない額をアマルガムに賭けていたのだった。 「先輩……」 初対面でも分かる、コイツ駄目人間だ。そんなバルドから目を反らしてジンは呟いた。 「人間ね、アホ程強くなってもやっぱり空腹には勝てないんだよ」 偽らざる本音をのぞかせて。 そして二人は一行に掴みかかった。 「アーク君。まさかこれに乗って辞退するつもりはねえよな!!」 「そうです。アーク君。辞退なんてしちゃだめですよ」 いつの間にか一行が二人に懇願していた。生活が懸かっていた。課金は無理のない範囲でね。 そして二人は提案した。写真を貸してくれたら自分たちがジルを救出してくると。 「そんな事できるのか?」 怪訝そうに眉を顰めるジェットにキルライトは鼻を鳴らした。 「試合まで約一時間。町の外にまで連れ出すのはリスクが高い。この町に潜んでいるはずだ。なら一時間もあれば楽勝で特定できるな、勿論、武装した奴らが待ち構えているんだろうが……。やいジン=ペンライ。流れから察するにお前も来るよな」 「ええ勿論。生活が懸かってますので。そして武装なんて関係ありません。視界内なら迫撃砲だろうとミサイルだろうと物の数ではありません」 という訳で試合には出てなるべく粘り、二人がジルを救出するまで凌いでくれと、二人は懇願してきた。 「必死だな」 「「生活が懸かってんだよ(です)」」 必死だった。 「まあ、他に手がないのも事実だ。頼めるか?」 アークに二人は頷いた。 「というかブラッドリー=キルライト、貴方がなんでこんなところに?」 「あぁん?そりゃ、オレはアーク君の親友だからな、な?」 出て行き際にジンがキルライトに問うた。 「アーク君。友達は選んだ方がいいですよ」 キルライトの答えにジンが顔を顰めると彼は愉快そうに声をあげて笑った。 「じゃ、そう言う訳でなるべく急ぐんで、俺の配当金とあとついでに世界を救うために頑張ってくれや、な?」 「優先は配当金なんだな」 「当たり前だろ?」 アークにキルライトが軽く答えた。 「誰も自分の為に生きてるんだから、よ?」 一行が闘技場で時間を稼いでいる間、キルライトとジンはジル救出を行った。 先ず、街の地理に詳しいキルライトが写真の背景や影の形から逆算してジルの監禁場所を突き止めた。そしてそこに二人で急行すると、確かにその廃ビル周りには怪しげな男たちが巡回していた。 さて、見張りの男たちをどうした物かとキルライトが逡巡しているとジンは一切ためらうことなく彼らを殴り飛ばしてビルに突入した。。 「ちょっ」 慌てて追うキルライトだったが、中に入るとジンは襲い掛かってくる男たちに無双していた。 武の極みの言葉に一切違わずに、剣や角材で殴られても軽く腕で払うだけで容易くへし折り逆に彼女の爪先や指先が軽く掠めただけで吹っ飛ばされてしまう。故に彼女の歩みを止める事は誰にも出来ない。竜巻のような暴虐の嵐が室内に吹き荒れた。 彼らはそのまま二階の奥の部屋で椅子に縛り付けられているジルを発見した。 「では行きましょうか……」 ジルの縄を解き担ぎあげた所で部屋の外から騒ぎ声と共に完全に武装した男たちが現れた。 「ふざけるな貴様ら、何をしている!!」 「おや、後詰めですか。うーん」 ジンはちらりとジルに視線を回して苦笑した。 「この状態で戦うと、最悪彼女の頭がパーンとなってしまうのですが……、困りましたね 」 得物の性質上、彼女の技は己の体に接触している者ならば区別なく破壊する危険性があった。 「飛べ」 キルライトがためらうことなくジンとジルを窓から蹴落とした。同時に 「は?」 「アデュー」 唖然とする男たちに、懐から取り出した消火器を噴射した。混乱する男たちに消火器を投げつけるとそのまま自分も窓から飛び降りた。 受け身を取って着地するとジルを背負ったジンから白い目を向けられる。 「あなた、何してくれてんですか」 「ぁあん?ナイス作戦だっただろうが」 「うわっ、コイツ外道だ。女の子を足蹴にして謝りもしないなんて」 「そうだよ。俺外道だよ」 悪辣に口の端を歪ませた。 「聖者といちゃつきたいならラジヤにでも融通してもらえ」 「いや、ラジヤに何かを頼むくらいなら死んだ方がましです」 「嫌われてるねぇ、セーリアのリーダーも」 苦笑して二人は逃走を開始した。そんな二人を建物から出てきた男たちが追った。 闘技場で一行はフローと戦闘を行っていた。 「貴様ら、ふざけているのか?」 怒りのままに放たれた鋭利な刺突を受けながらバルトが呻いた。 ――好き勝手言ってくれる。 他人の気も知らないで、と。 だが同時にその態度が一行を確信させた。 やはり彼はジル誘拐とは無関係なのだろう。 しかしそうなると彼が哀れだった。 道化師となって踊る旧友の悲哀を思いながら一行は信頼ならない協力者を信じて待った。 ジンがジルを担いで逃走してしばらくするとがキルライトが不意に立ち止まった。 「先に行け、俺は殿を務める」 「おや、随分殊勝ですね。明日は雪ですかね」 「というか、もう限界」 「は?」 唖然とするジンの前でキルライトは脇腹を押さえて蹲った。 「脇腹痛い。走るの無理、しんどい。だってよく考えたら俺、さっきまで焼きそばとかフランクフルト食ってたんだもん」 そんな彼に生ごみを見る様な視線を寄越した後にジンは走り去っていく。 「そうですか、勝手に頑張ってください」 そしてキルライトは若干の哀愁を滲ませて。 「ったく、体力馬鹿め。こっちは頭脳派なんだよ」 忌々しげに吐き捨てると追ってきた男達の群れを一瞥する。 「ハッハッハ、さて、んじゃ先輩もちょっと本気だすかね。心しろ、俺は外道だぜ」 「何を言っている、この人数が見えないのか?」 チンピラたちはキルライトを囲うと余裕に口角を歪ませた。数の差は歴然であり、キルライトは体格的にも細身で膂力に恵まれているようには見えない。 ならば彼らの余裕も納得がいくものだろう。 しかしキルライトに焦った様子はない。 「確かに数が多いねぇ、ならさ――」 彼の体から立ち上がる真理の波動。 「お前らにいっちょ『絆の力』ってもんを見せてやるよ。泣いて喜べ、神のご加護は死に絶えた。是成るは真実の人世界」 悪意の波紋が世界に落ちた。 「創正――此処に自我の摂理を」 瞬間―― ――現行法則は座から退き彼の法が顕現した。 クライマックス 『勝利できない貴族は塵だ』 それが祖父の口癖だった。始祖を建国まで遡る名門フロー家。その先代当主である祖父は若かりし頃より様々な戦いに勝利しており、一族に隆盛を齎してきた。 だがそれは己が享楽に耽るためではない。彼にとって貴族とは野蛮な競争原理における勝利者に過ぎない。だから、その血統や地位はそれ自身に価値が有るのではない。勝利して他者に抜きんでることで貴族には余裕が出来る。生きていくこと自体に狂奔する敗者とは違い、生活以外に視線を向ける余裕が出来る。その余裕を以て貴族は芸術や学問を守り育ててきた。つまり人間だけが持ちうる多様な文化は貴族によって成された物なのだ。そしてそれこそが数多の祈りを鏖殺して君臨する貴族の存在意義なのだ。 だから、貴族は勝たなければならない。 己の前に立ちはだかる障壁を打ち破り無数の敗者を轢殺して突き進んだ先で人だけが持つ美しさを守るのだと。 敗北の泥にまみれ己の為だけにもがき、文化を育む余裕のない貴族など最早その存在価値はない。 それが祖父の貴族観だった。 守るために踏みにじれという彼の思想をしかしフローは真っ直ぐに受け入れることが出来た。 何故なら、何もそれは貴族に限った話ではないから。 人は、いや動物は全て他を捕食して生を繋いでいる。食うか食われるかの競争原理、即ち弱肉強食の真理の中で。自然ではそれが良く見えるのに、複雑な人間社会ではそれが巧妙に隠されている。だから、戦う事、勝利する事がしばし崇高な物である事のように語られる。それが貴族の名誉なのだと。 だが、本質は違う。我ら貴族はただ、他者を虐げ、奪い取ることに長けていただけなのだ。 だから勝利せよという祖父の価値観は間違いなく正しいものだった。だって自然の摂理に照らし合わせれば勝利する事というのは生きることと同義なのだから。だからどんな時でも勝利しなければならないのだ。 ましてや何かを守りたいと願うなら言うまでもないだろう。文化の保護、芸術の育成、為政者の優れた施策、どれほど崇高な理念を掲げた所で踏み躙られた敗北者には知った事ではない。そして敗北者とそうでない者とを分かつ彼岸は勝者の価値観によって決定される。 つまり何をどう取り繕った所で依怙の沙汰でしかなく、自我の押し付けに過ぎないのだ。 確かな美しさを認めた者に光を照らそうと思うならば勝利して君臨しなければならない。同時にその蛮性から目を反らすべきではない。何が上で何が下か、その基準となる物差しはどうあっても個人や集合体の都合でしかないのだから。 元より己を貫くための勝利なのだ、だったらその重さを受け止める誠実さは持つべきだし、己一人の自我で自己完結するべきだろう。 故にこそ勝利は美しく燦然と輝くのだ。 「そうか、ならばその美しさを掲げて進み続けるがいい。何時か敗れて倒れる時まで」 祖父はそんなフローの頭を撫でた。 寿命か運命か、それともまだ見ぬ強敵か。いずれにせよ人の生は死と敗北を宿命づけられている。だからこそ懸命に戦って勝ち続けるという美しい生き方を認めてやったのだった。 そして数年前、祖父も敗れ醜く息絶えたのだった。 フロー伯爵家の領内にはスラムがあった。それは意図的にフローの祖父が残していた物だった。競争原理という摂理は膨大な数の敗北者を生産してしまう。当たり前である。勝者は勝ち続けるから勝者なのであり、その歩みは敗者の躯を積み上げる。 故にそんな弱者の生き場所として、勝者がせめて抱くべき疚しさとして祖父は都市の外郭部にスラムを作っておいたのだった。 ある夜、スラムが炎に包まれた。 スラムの全てを焼き払った大火事は奇妙なことに外郭部を灰に変えただけで都市部には一切延焼しなかったのだ。そして、偶然にも近くを通っていた皇帝直轄の部隊が住人の救助に駆けつけてくれた。 しかし、部隊の兵士も含めて生存者は誰一人としていなかった。 後に帝国はこの事件は“アウトレイジ”というテロリストの犯行だと発表した。反皇帝の象徴のような怪物であり、皇帝派の重鎮である祖父も彼によって殺害された。祖父を狙っての犯行というのが大方の見方だった。 こうしてフロー伯爵家に栄光を齎した祖父はただ一度の敗北と共にその生涯に幕を下ろしたのだった。 だが祖父の後を継いで当主となった父では家を守る事は出来なかった。 その慧眼で繁栄をもたらした祖父とは違い、父は暗愚の相を持つ人物だった。決して無能ではない。しかし何事も鈍いのである。頭の回転も、決断も、そして時流を察する嗅覚も。 気が付いた時には、フロー伯爵家は屋台骨の朽ちたあばら屋となっていた。 日々金策に奔走し、バッタのように地面を這って頭を下げて回る父の姿は祖父の言っていた貴族の姿とは程遠い物であり、そんな父を見るのがフローは辛かった。 だから彼は士官学校に入り、騎士になる事を志した。祖父の栄光と勝利、昔日のそれは失われてしまったが、でもその想いは確かな熱となって己の胸に今も灯っている。だから自分が騎士となってそれに勝るとも劣らない勝利を齎して見せると。 彼の誓いを聞いて父は激昂した。 「親父親父と、お前まで、お前まで俺を侮るのか!!」 「祖父は偉大な人物だった。それは今も違わぬ真実だろう。父さん」 「何を言っている。あいつもは死んだ。俺と同じ惨めな敗北者だろうが。いや――」 父は狂気に似た感情で表情を歪めた。 「俺の策謀で死んだんだから、俺にも劣る屑だろうが」 「!!どういうことだ」 聞けば、今回の火事は皇帝の仕組んだ事だという。 スラムに“アウトレイジ”が潜伏していたという情報を掴んだ皇帝が父に接触してきたのだ。そしてスラムでの殺戮に協力するように求めた。見返りとして父をフロー家の当主に据えてやると。スラムを見逃していたのは祖父なのだ、故にそこで起きた火災の責任を祖父に取らせ彼を隠居させ、一族の当主に父を据えると。 そして父はその誘いに応じたのだった。 彼はずっと、祖父の事が目障りだったのだ。 祖父は傑物でありある種の英雄だった。それ故に老齢に至っても尚、当主として辣腕をふるっていた。だから父は何時まで経っても庇護を受ける弱者でしかなく、誰からも相手にされない。日々、己の頭を超えて行きかう貴族の責務と矜持。 何故だ。何故、誰も俺を見ない。俺だって出来る筈だ。俺はあの父の息子なのだから。 そこにあったのは歪んではいるが、紛れもない敬意であった。そして父はその想いから祖父を蹴落とす決断を下した。 結果は既に述べた通り。祖父は凶手の手に掛かり、跡を継いだ父によって祖父の築き上げた勝利の形は無残に凌辱され破壊され尽くされた。 「ふざけるな」 気が付くとフローは父を殴り倒していた。 祖父が成した勝利の恩恵を与かり永らえてきた男が何を思い上がっているのだと。そして何よりも、この男のつまらないプライドの為に、祖父の勝利が怪我されたことが我慢できなかった。 人は生まれ、そして死ぬ。だからその過程の中でどう生きて何を成すのか。何時か一度の死という敗北に倒れるまで懸命に戦い続ける。そうして己の人生という作品を仕上げるのだ。 そこに横から無粋にも土足で踏み込んで行って、目茶苦茶に汚物を撒き散らしたのだ。 俺にも出来る筈だ? ならば己が生涯で己が美学を仕上げればいいだけの事だろうが。 己が何者かを確立できもいない者が他者の生涯(作品)を穢す所業など、恥知らずにもほどがあるだろう。 最早、貴族としての責務や矜持の問題ではない。 人間としての資質を問われるべき大罪だろう。 実の息子に否定され、父は初めて己の罪に気付いたようだった。 「わ、私は……何という事を」 顔面蒼白になり譫言を漏らす彼にしかしエヴァラール=フローは背を向けた。最早、この家に対する執着は無かった。祖父の築き上げた眩く美しい勝利の結晶は失われ、残されたのは汚物に穢されつくされた駄作のみ。 だから彼は家族を見捨てた。 「さらばだ、父よ」 ならば己が作品を以て在りし日の光輝を作り上げるのみ。敗北などいらぬ、そんな汚物は切り捨ててひたすらに突き進もう。成るべき姿は既に知っているならば昔日の足跡をたどるのみ 「もう会う事もあるまい」 最後の最後まで、必ず『勝ち』続けるために。 勝者となるために。 祖父になるために。 「何のつもりだ」 いつまで経っても攻撃を防御するだけでまともに戦おうとしない一行にフローは怒りを滲ませた。 「俺を侮るか?正々堂々、かつて語ったあの言葉は嘘だったのか!!答えろアーク=ウェル=ケラウノス!!」 彼の真直ぐな激情にアークは口許を歪めた。 「好き放題言ってくれるな……、人の気も知らないで」 毒づくアークに一瞬だけフローは片眉を持ち上げたがしかしすぐに睨みつけた。 「戯言を、もういい。貴様は此処で倒れていろ。俺は貴様を倒して先へ行く」 言い捨てて彼は剣を構えなおした。 その切っ先はアークの心臓に狙いを付けており、錐のような殺気が彼を穿った。 咄嗟に反撃に出ようとして、フローの後ろのアンマンと目が合った。彼は疚しさからかそっと目を反らした。その隣でティボーとトマが余裕と思い上がりを滲ませた下卑た笑みを浮かべている。 持つ者が持たざる者を見下すような、傲慢と共に。 その時、観客席で破裂音は爆せた。 目を向けるとそこには煙を立ち上がらせる発煙筒と気を失ったまま椅子に座ったジル、そしてその後ろでドヤ顔のジンの姿があった。 「なるほどな」「ああ」「やってくれたようだな」 全員の表情から圧迫感が失せその下から清々しい自信が顔を出した。 「これでようやく戦える」 傲岸たる面持ちでアークは敵を見やった。 「ところでどうした?随分顔色が悪いじゃないか?ん?」 困惑するトマとティボーを尻目にアークは満天下に宣した。 「ともあれ決勝開始だな。そして俺達が勝つ!!」 ……ちなみに、その場に姿の無いキルライトの身を案じる者は一人もいなかった。 一行の様子、そして“仲間達”の狼狽、それでフローはアンマンの策謀に気付いた。 「……どういうことだ」 それでも、顔面蒼白になってフローは尋ねた。親友へ。 その唇が微かに震えている。 アンマンは観念して全てを語った。ただ一つ、ロベール=モンパールの名を伏せて、全ては己の意志だと。 友への想いと、そして決して赦せぬ己の罪を噛み締めるために。 訳を知るとフローは絶望した。 「……アンマン」 絞り出すようなフローの声にアンマンは身じろぎして後ずさった。 「フロー、俺は……」 言いかけてアンマンは頭を振った。間違いなく今、自分は親友の誇りを穢したのだ。ならばそれに言い訳をしないだけの誠実さを持つべきだろう。 「そうだ。彼らの友達を人質に取ってこの戦いに負ける様に脅していた。全ては、確実なる勝利の為に」 アンマンの言葉にティボーとトマも同調した。 「そうだフロー。俺達は勝たなければならない。誇りあるヴァンスター貴族として」 「その為ならどんな手段も使わないと。これはロベール様の命令なんですよ」 彼らの言葉にフローは黙って俯いた。 彼も納得したのかとティボーとトマがフローの肩を叩いた。 「分かってくれたか、フロー」 「……お前たちは、正しい」 絞り出すような声が漏れた。 「だが――」 顔上げた彼の瞳が危険な色で淀んでいた。アンマンは思わず声を上げた。同時に 「トマ、ティボー、下がれ」 「美しくねぇぞ!!」 閃光が走りトマとティボーの胸が裂け血が噴き出した。 一行は敢えてフローの凶行を見過ごした。止めることは出来たし何なら背後から一撃して倒すことは出来た。しかし下らない、自慰じみた茶番の道化として矜持を二度とは戻らない程に土足で踏み躙られた彼の想いを悼んで、それを見守ってやった。 そのまま倒れ伏す彼らを踏み越えると、フローはアンマンと対峙した。 「フロー!!」 悲痛な思いに面を歪ませるアンマンだったがフローの瞳の中にある赫怒の熱量を知りそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。 「勝つために手段を選ばないという考えを否定するつもりはない。所詮、我らは屍の上に君臨した者に過ぎん、だがそれは全て等しい前提の上で成されるべきなのだ」 勿論、前提の完全なる平等などあり得る筈もない。だがそれでも彼はそれを望んでしまう。何故なら彼にとって貴族とは勝利者だから。そして勝利して己の意志と自我で世界に善悪の彼岸を定める上位者でもある。 だからこそその支配と栄光は全て己の手によって成されなければならない。余所の事情や依怙の沙汰によって勝利が成されることは断じてならない。 「同じ条件の上で、己の意志と知恵と力で相手を打ち倒し、乗り換える。だからこそ、勝利は美しく、価値が有るのだろうが!!貴様らは俺の作品に泥を塗ったなぁツ」 斬撃一閃。 首を跳ねるべく放たれた友情の残骸は、鋼の剛腕に止められた。 「悪いが流石に見ておれん。それ以上の、友達の愚行はなな」 激情に駆られたフローの腕を後ろからガジが掴みかかった。 「……友達?」 打ちひしがれたフローの目をガジは見据えた。 「そうだ。アンマンも、お前も、そしてお前ら自身も」 歯噛みしてフローはガジの手を振り払った。 「フロー……」 己を見上げて力無く呟くアンマンに彼は吐き捨てた。 「消えろ」 フローは愚かではない。この策略がヴァンスターの参謀ロベール提案の物だと悟りながら、それに背いた。自らの美学の為に。その意味が分からない訳が無かった。 それでも、尚、譲れない物があった。 穢してはならない想いがあった。 たとえここで終わるのだとしても、自分の人生は自分の祈りで完結していたかった。尊敬する祖父が晩節を他人の事情に穢されたという過去があるからなおさらその想いは頑なであった。 自分は自分でありたい。 自分の在り方は他人の事情や下らない名誉心、自慰じみた一人遊びで穢されてたまるか、と。言葉にしてしまえば簡単で、でもそんな幼稚な衝動をフローは宝物のように大切に抱き続けてきたのだ。 闘技場から仲間を担いで逃げるアンマンを一顧だにせずフローはアマルガムと対峙した。 だが、そんな彼に心無い野次が飛ぶ。 「おいおいおい、どういうことだよ。あの坊ちゃん?勝利だの誇りだのカッコいい事言ってたけどよぉ。正体は女の子を人質に取って相手を脅迫している下衆野郎じゃねえか」 準決勝でフローに一蹴されたメイスンだった。普段なら不良である彼の言葉は話半分の物として相手にされないだろう。 しかし現にフローの仲間たちがアマルガムを脅迫していた事実がある。だからメイスンの野次は説得力をもって観衆に浸透していった。 「まさか本当に……」 「でも他ならないフロー自身が認めたじゃないか」 「最低……」 「結局さ、貴族なんてそんなものなんだよ」 決勝の場に立つことも出来なかった敗北者たちが訳知り顔でフローの卑劣を決めつけてゆく。 「ここまで来れないような連中が、喚くなよ」 苛立たしげにバルドが舌打ちした。 傷を押さえて試合場から下がりながらアンマンは自分がフローから奪ってしまった物の大きさを知った。 「フロー……、すまない」 「さらばだ、もう会う事もあるまい」 己の決して譲れぬものを土足で踏み躙った男に別れを告げるとフローはアマルガムへと向き直った。 「俺は……」 その面には何かを覚悟した男特有の不思議な静謐があった。 「俺はヴァンスターの花騎士・エヴァラール=フローだ。俺は己の技で勝利を美しく彩る為に戦っている。そしてそれは、時に己の命よりも優先するべきものだ」 「ハッ、なんか言ってるぜ?卑怯者がよぉ」 外野の野次を、彼は目を瞑り、怒りを噛殺す様に顔を顰めた。 そして目を見開くと天を震わせるほどに吠えた。 「黙って見てろ!!男の生き様をォッ!!」 彼はその勢いのままに自らの腹を掻っ切ったのだ。 肩が揺れ、体がよろめいた。それでも彼は踏ん張り凛と立った。口許を拭い込み上げてくる血を吐き捨てると澄んだ瞳で一行を見据えた。 「これで、俺が卑劣にも君たちに刻んだダメージはペイ出来たと、どうか赦していただきたい」 そして観客席のテオスへ振り返った。 「校長先生。どうか自分に最期まで続ける温情を与えてきただきたい」 テオスはまるで人格者のような暖かな表情で頷いた。 「勿論だ。君の覚悟は見事、その潔癖を以て最後まで進むがいい」 「貴方が自分に呉れた依怙の沙汰に感謝します」 死ぬまで戦え、そんなテオスの言葉すら最早彼にとっては己の卑劣の証でしかなかった。だからもう今自分が戦い続ける事すら依怙贔屓に思えてしまった。そもそも、もう彼にとって意味など無いのだ。己の戦い(さくひん)は他者の無神経な手で糞塗れにされ、無価値な塵屑に貶められた。へばりついた汚物を拭う術は無い。取り返しなどつかないし、ついてはならない。 ならば何故故に戦うのか。 それは―― 「中断して悪かったな。じゃあ続きを始めよう。もっとも」 そんな塵であっても勝ちたいから。震えるほどに、勝利の光に焦がれているから 「最後には、俺が勝つ」 「いいや、勝つのは俺達だ!!」 花騎士の挑戦を、アマルガムは受けて立った。 試合を見ながらテオスはレオナルドに耳打ちした。 「エリックを呼んで来てくれるかな?万が一に備えて」 「ああ、やっぱ死にますかね?」 「さあ、それは彼の精神力次第。勝手に生きて勝手に死ぬような根性なしではないと思いたいが、それが叶わない事態がありうるのもまたこの世界」 「どっちにしろ、あいつは終わりですが……」 「ああ、だが、あの潔癖さならばちゃんとケジメを付けて終わりたいだろうからね」 レオナルドは小さく首肯した。 エヴァラール=フローはもう終わっている。この戦いの結果に関わらず。ならばこの戦いに意味は無いか? 否 一つは、アマルガムの一行が天に至る道へと足を踏み入れる資格があるか、その試金石となりうる。傑物たる父祖の思想を受け継ぎ、その与えられた誇りを支えとして立つ天才。その程度に勝てないのならばお話にならないだろう。 そしてもう一つ。 この戦いは彼にとってもはや勝敗が意味を持つ物ではなくなった。 それでも、この戦いには一人の男の尊厳と誇りの全てがあるのだから。 間もなく消える生徒に若干の口惜しさを抱きながらテオスはレオナルドに促した。 「エリックは、死亡直後なら死(それ)を肉体から引き剥して破壊する事が出来る」 「ヒッデェ字面……、うーん。でも今日俺オフなんスけど?」 「今校長室にはヴァンスターの貴族から贈られた笹カマがあるぞ」 「……ま、まあセーフ。オッケー。エリックさん呼んできます。どうせいつものメイド喫茶だろうから」 セーフだった。 「ちょっと待て。あいつメイド喫茶に入り浸ってるの?」 「そうっすよ。この間俺も連れていかれたんスよ。そのせいで俺のゴージャス竹輪ナイトが延期に」 「……なんだね?その催しは」 「一晩黙々と竹輪を愛でる、自分の心のオアシスです」 「もしかして、我が校の教師陣はちょっと病んでいるのか!?」 派手な馬鹿は思わず嘆息した。 そして戦いが始まった。 だがしかし既に決着は着いていた。 ガジとローリングが前衛中衛となりフローをジェット、アーク、マタンから引き離す。そしてバルドが補助として柔軟に立ち回りながら戦況をコントロールすれることであっさりと彼を封殺してのけたのだった。 しかしそれももとより必定。 何故なら彼はいつも背後に仲間がいた。例え戦うのは一人でも、それでも誰かの為に戦う男だった。だからその誰かを失えば今の様に戦いに賭ける思いは半減する。なぜなら自分だけの為に戦えるのはジルやテオスのようなごく一部の異常者だけだから。只人は何時だって何かを成すためには『誰か』という弁明を必要としてしまう。 だから彼はこの場を切り開く術もない。 あらゆる思惟を戦闘に収束させる潔さも無い。 それどころか、怒りで覚醒する事すら出来ない。 絶対的で、感傷の入り込む余地のない窮地を、劣勢の侭である事を赦してしまう。 負った重症も、裏切りも関係ない。 彼は弱いのだ。 誰かの為。そんな綺麗事を掲げている限り、そんな言い訳に縋っている限り彼は偽物だ。 『祖父のような』勝つ貴族になりたい。誰かを想いその生き様を受け継ぐ、言葉の上では美しいがそれでは擬きに過ぎない事は明白であり、自分だけの答えを持たないのならば劣化コピーの誹りは免れないだろう。 少なくともジルもアークも、己が願いを抱くことに言い訳などしなかったのだから。 そうして、決着はすぐに訪れた。 新人戦優勝、その王冠はアマルガムの頭上に輝いた。 エンディング その晩、食堂で夕飯を食べているとキルライトが現れて飯をたかってきた。 「優勝おめでとう。という訳で飯奢って」 「先輩、あんた儲かったんだからあんたが奢ってよ」 「いや、だから生活費なんだよ」 はあ、とそして溜息を吐いた。 「仕方ないじゃん。先輩の金柩、投獄されちまったんだもん」 「ああ」 バルドとガジは何やら絶望的な相づちを打った。 「しょうがねえなぁ。今回色々助かったし、ほれ、おあがりよ」 「先輩、これも食えよ」 そう言ってガジがおやつに買っておいた焼きそばパンを、マタンがリンゴを一個丸のまま、それを差し出すと受け取りながら彼は苦笑した。 「お前らは優しいねぇ。晩飯かというとちょっとアレだが」 苦笑しながらそれをポケットにしまう彼だが不意に飛びのいた。 「何すんだよ?」 気配を消していたジェットがキルライトのポケットから掏り取った札を指先で玩びながら姿を現した。 「何だシケてるな」 そう言ってそれを投げ捨てるジェット。 鼻白んだ様子でキルライトがそれを拾い集めていると、アークはそれを見下しながら嗤った。 「部屋にあるんだろ?今度、忍び込んで盗み取ってやろうぜ」 そしてゲラゲラと下卑た笑い声を上げるアーク。呆れたような溜息を彼は吐いた。 「何だ、そんなに金が欲しいのか?なら実家に泣き付けばいいだろうに」 白けた空気が漂う中、キルライトは金を集め終えると乱暴に椅子に腰かけた。 「そう言えばあの人は?」 ガジの質問にキルライトが肩を竦めた。 「ペンライか?あいつはセーリアの人間だし、俺と同じで誰かとつるむのは好きじゃない奴だ」 「そうか」 今度は彼が一行に聞いた。 「そーいや、あの嬢ちゃんは結局、入院したんか?」 そこに付き添いのシオンと共にジルが現れた。幸か不幸か、それは定かではないが彼女たちはアークとジェットの下衆そのもの所業を見ることは無かった。 「もう退院しましたよ。先輩」 彼女は松葉杖をついたまま彼女は一行の傍へ駆け寄ってきた。 「一応、フジ姉がうるさいんで検査だけ受けたんですけど、まあ概ね異常なしね。多分、フジ姉が治してくれたからなんだろうけど」 後ろに視線を回す彼女に付き添いのシオンは慌てて口を挟んだ。 「異常なしって、貴方その松葉杖で異常がないわけないでしょう。検査ではそうだったとしても消耗の蓄積は消えないんだから。しっかり休まないとだめよ」 実際にルカには内臓が溶融しかかっていたと診断されたのだが、気絶していた彼女はそれを知らないし、知ったところで理想の殉教者は止まらない。その事をシオンは知っているのでそれ以上、言及できなかった。 「でもそっか、フジ姉が治してくれたんだもんね。ありがとう。あと、心配させてごめん」 片目を瞑り軽く頭を下げるジルの姿は何処か憑き物が落ちたようで、いつもと変わらぬ妹の姿にシオンは内心で安堵の溜息を吐いた。 「みんなもゴメン。なんか、すっごく足を引っ張っちゃったみたいで。その、本当にごめんなさい。この償いは何時か必ずするから……」 一行にもすまなさそうに彼女は頭を下げた。 「なら今度、お前のバイト先で祝勝会やろうぜ、シフト教えてくれよ。その日にみんなで行くからさ」 無神経に大声で囃し立てるアークにジルは辟易とした様子で首を振った。 「いい加減、勘弁してよ」 離れた席からそれを見守るキルライトは鼻を鳴らした。 「寄る辺ない人間が生活の為に金策して駆けずり回る様がそんなに愉快かね。貴族様には」 その呟きが誰かの耳に届くことは無かった。 席に着いて夕食を取ろうとするジルだったが、彼女は利き腕を吊るしていた。手の甲の解放性骨折と腕の骨折、肩と肘の脱臼である。そんなジルに珍しくイニシアチブが取れるのが嬉しいのかシオンが食べさせてやろうとすると思わずジルは一行に助けを求めた。 「先生を心配させたんだから、甘んじて受けろ」 ジェットがすげなくすると彼女は目を丸めた。 「ちょっ」 「はいジルあーん」 対照的にシオンがにこやかにスプーンを差し出した。 そんな一行の様を無感情に眺めていたキルライトがアークに言葉を投げた。 「これでお前らは熾天への挑戦が出来るわけだ。追って教頭先生辺りから通達があるだろうけど」 珍しく、演技や裏がない笑顔を見せた。 「ようこそ、紅堂院学園へ」 しかしすぐに悪戯っぽい笑みに変わった。 「で、さ、どんな気分よ。アーク君、自分の祈りを叶える為に他人の屍を踏み越える気分は?多分、初めてだろ?自分の望みの為に誰かの望みを絶つ、エヴァラール=フローを終わらせた感触はどんなもんよ?」 「特に何も」 アークの感想にキルライトは愉快に喉をならす。 「いや、ほんとカックイィねアーク君は。先輩、憧れちゃうよ」 「敗者の無念や怨念、それらを全て受けようとも俺は前へ進む」 「ちょと待ってください?」 ジルが怪訝に眉を顰めた。 「終わらせたって?どういうことですか。倒された後、フローさんは保健室で治療を受けて自分の足で寮に帰ったってミシェルちゃんが言ってましたけど」 「ハッハッハ。別にアーク君にぶち殺されたって言ってるわけじゃねえよ。あいつが独断でヴァンスターの計画を台無しにしちまったことを言ってんの」 「ああ、フローはその件とは無関係だ。それは俺達が保障する」 一行の言葉にキルライトが付け足した。 「企んだのは多分、ロベール=モンパールだな。ヴァンスターの参謀格でこういう悪巧みが好きな屑だ」 「そうなの?」 シオンの声に怖い物が籠った。 「ロベール君が……、ジルを?」 微かに彼女の体から蛍火が立ち上った。同時に食堂の電気が明滅した。 「落ち着けよ先生、俺がシめたチンピラもガラをカワしちまっただろうし、そもそもこういうところでヘマをする馬鹿でもないし証拠はどこにもねえよ。だから敵討ちをする大義名分はどこにもないわな。たとえ妹分の名誉を貶められたとしてもそれは諦めた方がいい」 「でも……」 「ま、先生の出る幕は無いわな」 アークが口を挟んだ。 「何なら報復は俺がやってやるからよ」 「アークのそう言う処、嫌いじゃないぞ」 ガジも同調し、当事者を置き去りにしてアマルガムは盛り上がっていた。 「アーク君の言う通りだよ」 ジルがシオンを優しく制した。 「だいたい、それは私が間抜けなだけなんだから。清算はいずれ私がするよ」 あっさりとした口調だが、ジルの内心では屈辱と憤激が渦巻いている。人質にされ、アマルガムに対する重石にされたのだ。戦闘者として、彼女の誇りには消えない傷が刻まれたことだろう。彼女はこの先ずっと、足手まといの烙印を押されたまま生きていかねばならないのだから。 「ま、そう言う訳で」 沈んだジルの雰囲気を流す様にキルライトが再び口を開いた。 「フロー君は自分のプライドやこだわりの為に、ロベール君の作戦を台無しにしちまったんだから大変だ」 嘲りの色を滲ませて彼は続けた。 「まあ、策士ぶってる癖に手駒の内心に無神経な計画を立てたアイツも相当に頭が悪いし独り善がりなオナニー野郎っつー誹りは免れないが、そう言う奴ほど自分は、自分だけは正しいと思い込んでるから厄介だ」 「そりゃたしかになぁ」 「んで、チンケな奴が頭張ってる組織がハグレ者に課す制裁なんて一個しかねえだろ?」 「制裁?」 「今頃、フロー君。ヴァンスターの練兵場か裏庭か知らんけど、シめられてんじゃねえの?ハッハッハ、死ななきゃいいけどな」 「……死人に鞭うつ真似を」 アークが忌々しげに舌打ちした。 まあ彼にとってはもう死んでいるのも同じか、という言葉をキルライトは呑みこんだ。自分の美学に沿って生きていきたい。そう言う価値観を持つ者にとって己のそれを他人に穢される苦痛は耐えがたいものだが、それは万人に理解できる類の物ではないだろう。 「人は誰でも人生というストリートの主役だろ?そっから袖に下がる時は、なら後はエンドロールしかねえってことよ。まあ自分で退くんじゃなく、余所から糞を投げ込まれて避けたらドロップアウトってのはちと気の毒だが」 そこで彼は鼻を鳴らした。 「まあ、そういう同情自体が侮辱になんだろうよ。ああいう馬鹿には」 「なら、俺達に出来る事は何もない」 見過ごす事を宣したアークとは裏腹にガジが立ち上がった。 「いや、俺には見過ごせん」 そして駆けだす彼の背を皆が追った。 「お、おい」 アークもそれについて行くのだった。 その頃、アンマンは寮の玄関にしゃがみ込んで耳を塞いでいた。 「すまないフロー、すまないフロー、すまないフロー」 聞こえる筈のない、聞こえる騒音をかき消すように何度も何度も親友に詫びた。どこで間違えたのか。フローに気付かれたことか、ジルヴィア=カレンベルグを狙った事か、それともロベールの命令を跳ねのける事が出来ない己の意志の弱さ故か。 なんにせよ。もう全ては終わった事だ。彼の決断が彼の親友の未来を絶った。 そして彼には取り返しのつかない未来が残った。 ヴァンスター寮の裏でフローは私刑に処された。 小雨の降りしきるんか、ロベール=モンパールに率いられた十数人のヴァンスター生徒達は目の前の血だまりに倒れ伏すエヴァラール=フローを見下ろしていた。 「実際の話、勇気がある決断だとは思うよ」 ロベールは人の輪を下がらせると一歩前へと歩み出た。 「こうなるのは分かっていただろう。私が君の誇りを傷つけたのならば、君は私の計画を破壊したのだ。同時に、我がヴァンスターの進行計画をも。ならばこのように制裁を受けることは覚悟の上だろう」 そう言って彼はフローの右腕を踏み躙った。 「ああ、不愉快だ。君なら理解できるだろう。自分の作品を台無しにされる気持ちというのは、心臓の表皮を掻き毟られる気分だよ」 「私は、摩訶不思議な心の力を信じていない。人間出来る事は出来ないし、どうあがいたって超人にはなれない。だから適材適所のかみ合わせがその組織の強度を担うとは思わないか?」 「人間は歯車だ。群れという大きな機構を構成するネジの一つに過ぎない。しかしその歯車がかみ合うことにより個人では敵わぬ大きな力を発揮することが出来る。だからこそ機構が狂わず違わずに動くよう、誰かが管理する必要がある。」 「そう管理だ。出来る事を出来る奴に託し用いる。それこそが上に立つ人間の責務だ」 「管理こそが組織を動かす肝要なのだよ。だから、なあ勘弁してくれよ」 「歯車に自我を振りかざされて、わがまま放題に振る舞われて、そんな事が許されるのは極稀な例外だけだ、例えばユーグのような。賢しげなあらゆる理屈をその力でねじ伏せることが出来る怪物」 「君は只人の身でありながら怪物と同じ無秩序にその身を落した。ゆえ、罰を下そう」 そう言って顎をしゃくると斧を構えた男が進み出た。それでロベールの意図を察してフローは顔色を変えた。 「……やめろ」 ロベールは初めて、微かに微笑んだ。 「思いのままに生きたのだ。悔いはないだろう。例え君の理想が此処で断たれたとしてもね」 「……嫌だ、止めろ。やめてくれ。やめて……」 ロベールの制裁はそこで、フローの最後に残った意地をも捻じ曲げた。 「やめてください」 「ああ」 フローは折れた。もう彼は華麗な天才、花騎士ではない。妥協にまみれ敗北した只人となった。 「勿論、断る。さあやれ」 そうなったのを確認して、ロベールは改めて斧を振り下す様命じた。己の武芸に絶対の自信を持ちそれをよりどころにしている人間からその矜持を奪う、醜悪な分だけ誰にとってもその悦楽は堪えがたい物であった。 男が己を振りかぶった。フローの瞳から光と力が消えた。これからの自分の生を考え、彼は絶望した。 そして同時に、彼の心にロベールに、ヴァンスターに対する赫怒の炎が燃え上がった。 「ふざけるな」 瞬間、裏庭が焔に包まれ、人垣まで斧の男が吹っ飛ばされた。 そしてフローを庇うようにして一つの小さな人影が空から降ってきた。 黒い外套、擦り切れたヴァンスター前皇帝時代の軍服、そして怒りの象徴たる竜の面。炎の熱気に煽られて、燃え殻のような灰の髪が揺れた。 その姿は――…… 「貴様……はッ……」 裂けんばかりにフローは目を見開いた。どうしてこの男が此処に?そんな疑問で頭の中は一杯になった。 ロベールも、緊張からか恐怖からか冷や汗を滲ませながら後ずさった。 「お、お前は……?」 この場にいる者なら誰でも知っていた。この男こそかつて帝国を恐怖のどん底に陥れた凶手。そう、彼こそは 「俺は……“怒り”だ」 帝国の大敵、反逆のアウトレイジであった。 ロベールの表からは先までの勝ち誇った余裕は消え失せていた。その程度の感情、赫奕と輝く憤怒の焔を前にすれば容易く蒸発してしまう物でしかない。 「傲慢で卑小なる雲霞の群れよ。赫焉たる、怒りの焔を知るがいい」 奴が反逆のアウトレイジなら、否。真偽はともかくその実力は見て取れた。 ならば奴と事を構えて、いや、奴とまともに事を構えることが出来るのがこの学園に果たして何人いるだろうか。 学園最強ユーグやセーリアの怪物ガラン、そして“アートマン”、その程度だろう。バランサー気取りの金髪サングラスも或いは離脱は完璧にできよう。 しかし只の歯車に過ぎないロベールたちは赫怒の業火に坑しえる筈もない。故にこの場の生殺与奪は全て彼に握られたという事である。 「……何が目的だ。アウトレイジ」 それでも気丈に睨みつけるロベールにアウトレイジは静かに答えた。 「何も」 その返答にロベールは忌々しげに口の端を歪めた。またか、と。 また、自分では理解できない理屈を振りかざす者に自分の予定が蹂躙されるのか。自分が連中に劣っているとは思っていない。狂気の理屈で突き進む超人共と自分では現実と常識を理解している分だけ自分の方が優秀な歯車であるとさえ自負している。 しかし悲しいかな。所詮、全ては絶対値の問題なのだ。 強者の愚挙は弱者の叡智を易々と踏み砕く。賢くて優れているだけの弱者が強いだけの愚か者に殄戮された事実など歴史を紐解けばいくらでも出てくる。 ならば、強さの絶対値でアウトレイジの足元にも及ばないロベールの意志など最早、霞と同じような物で、この場において大事なのはアウトレイジの思惟だけである。 何が望みか、それを思案するロベールとアウトレイジの間に重い沈黙が訪れた。静かにたたずむ竜面は、ただその場にいるだけで凡人が呼吸困難になるほどの殺意を撒き散らしていた。 やがてアウトレイジは静かに口を開いた。 「消えろ」 ロベールは続きを待った。 「言った筈だ。俺は“怒り”だと。ならば一度燃え上がったのならば後は野火となって全てを焼き尽くすのみ。それが嫌なら、延焼を避けたいというのならば疾く消えろ。何者ですらない。ロベール=モンパール、只の薪よ」 込み上げてくる屈辱をグッと堪えてロベールは仲間と共に撤収した。貴族としての貴意が、男の小さなプライドに打ち勝ったのだった。 残されたフローにアウトレイジは向き直った。 「何のつもりだ」 自分を救った恩人にフローは吐き捨てた。 「ふざけるな。これで何かを贖ったつもりか!!そもそも、俺がこうなったのは全部貴様の所為だろうが!!死ねよ、死ね。死ね、俺を、なんで、なんで俺がこんな目に……」 癇癪を起した子供のように喚き散らすフローの姿に以前の自信に溢れた高潔の貴族のそれは微塵も無かった。 脅かされ、力及ばず倒れただけならばいい。己が未熟と受け止めることも出来よう。だが、他人の事情で玩弄され、そして己の意志に関係なく庇われた。よりによって何よりも憎む仇に。 もうエヴァラール=フローは何かに挑むことはできないだろう。そういう生き方しか出来ない。そういう風に、彼は踏み躙られてしまった。取り返しのつかないほどに魂を穢されたのだ。 「俺の事は怨んでも構わない」 焔にはそぐわない、湖面の静謐で彼は告げた。 「君がこの先生きてゆくうえで必要ならば、その道筋を照らす篝火としてその憎悪を滾らせると良い。所詮、俺は敗れた者の痛みを全てに押し付けているだけの塵屑なのだから。ただ、なるべくなら生きてくれ。誰かが死ぬのを、俺はもう、見たくない」 「何が……」 言いかけて、そこで限界を迎えてフローは失神した。 そこに一行が駆けつけた。 「なに?」 彼らの目に映るのはボロボロのまま地に伏せたフロー、少し離れた所で佇む竜面の黒騎士、雨が降りしきる中燃え続ける炎。 「マジでなに?火の海じゃねえか?」 戸惑うアークの横を抜けてガジがアウトレイジと相対した。 「……ガキの時分以来だな」 「お前か……」 「知ってるのか?」 アークにガジが答えた。 「ああ、昔、命を救われた?感じだ」 答えながら倒れたままのフローに視線を落とした。 「……失神しているだけだ。命に別状はない、多分」 言い切る勢いは無かった。 「なら良かった」 ホッと安堵の溜息を零すアークとは対照的にマタンが舌鋒鋭くアウトレイジを睨んだ。 「何があったか答えてくれるな」 竜面は頼りなく揺れた。 「その男に聞け、俺は“怒り”だ。言葉を持たぬ、その資格も無い」 静謐さの中に悔恨を滲ませた呟きが竜面の隙間から漏れた。 「ま、まあ、あんたがフローを助けてくれたのは確かなんだろ?ありがとな、礼を言うぜ」 気を取り直してアークが礼を述べるとしかし再び竜面は首を振った。 「助けたのではない。俺は“怒り”だ。ただ単にその男の窮地を焼き払ったに過ぎない」 「ま、まあ良く分からないけど、サンキューな。おっし、じゃあフローを保健室に運んでやろうぜ」 そうしてフローを担いで立ち去ろうとするがそこで竜面はガジに携えていた剣の切っ先を向けた。 「待て、貴様には聞きたいことが有る」 恫喝に臆することなくガジも獰猛な笑みをうかべた。 「丁度いい、俺もあんたには話が有った」 仲間たちに先に行くように手振りするガジにマタンがその身を案じる様な言葉を掛けた。 「大丈夫なのか?」 竜面の黒騎士はガジよりも頭二つ位背が低く、体格も細身であるように思えた。しかしその身が纏う尋常ならざる死の気配、彼との関連を感じさせる雨の中で燃え続ける紅焔、そしてその胡乱気な言動が嫌な物をマタンに危惧させた。 「いや大丈夫だ」 事も無げにガジは答えた。ガジは知っているから。 「多分、見た目よりもマトモな人間だ」 炎の夜に彼が溢した悔恨と懺悔の嘆きを。 皆が立ち去った後、アウトレイジとガジは炎を挟んで向かい合った。 言葉は無く、擦り切れる様な緊張が巡っている。 ふとガジは竜面の得物には何時かと同じ焔が付属されていた。しかし覚え違いか記憶の中のそれよりもはるかに出力が高く刀身は高熱のあまり白光を放っている。 不意にそこで竜面の体が揺れた。微かな呻き声がガジの耳に届いた。 「お、おい、大丈夫か?」 慌てて駆け寄ろうとするガジの鼻先に切っ先が向けられた。 「こないでっ!!……来るなッ!!」 立ち止まってガジは眉を傾けた。 「話がしたいって言っておいて切っ先をむけるのか?不作法な奴だな。とっとと聞きたい事とやらを言え」 もしも本当にあるならな、と言外に告げながら彼は膝に力を撓ませた。恨みを買った覚えはないが、やり合うつもりなら叩き潰して罷り通る。 二人の間に息遣いのような沈黙が訪れ、そして竜面が躊躇いがちに口を開いた。 「ガジ……、ガジェット=レヴォルト。一つ、答えろ」 その声には先の野火の如し剣呑さは無く、代わりにどこか戸惑いの色が浮かんでいた。 「あの女、何?」 同時に何やら嫉妬深い女のような気配も。 「は?女?」 面喰うガジに竜面は続けた。 「あ、あのアマルガムの美女だよ。お前の今の彼女か?」 何やら気安い調子で言い寄ってくる竜面からは初登場時の刃のような威厳は無かった いやそれよりも、コイツは今なんて言った? 「ローリングが俺の彼女か、だと?」 「そ、そうだよ。だってあんな凄い美女なんだし……」 遮り恫喝するようにガジは告げた。正直、剣を向けられた時よりも殺気が籠っている。その言葉は“怒り”だ。 「ふざけるな。なんだそりゃ。訴訟も辞さない構えだぞ、こっちは、それには。ローリングが俺の恋人?ハァ?挑発のつもりか?ならばそれは成功だな」 一気に捲くし立てて、一旦気を落ち着かせた。 「悪い、そんなんじゃない。ただの仲間だよ」 溜息を吐くガジとは対照的に竜面は初心な乙女のように安堵の溜息を零した。 「そ、そっか、只の仲間なんだな」 「ああ、くどい」 「……よかったぁ」 すっかり調子を崩されたガジは頭を振った。なんなんだこいつは。 「なんでそんな事を聞くんだよ?」 実に尤もな質問に竜面は黙ってしまった。 「……」 そしてしばしの沈黙を残して 「去らばだ」 炎を巻き上げて立ち去ってしまった。炎は竜面に引き連れられるようにその場から消え失せてしまった。 雨の中、ただ一人残されたガジは思わず呟いた。 「逃げやがった……」
https://w.atwiki.jp/sengoku3/pages/179.html
くのいちの章・第三話「忍城攻め」 くのいちの章・第三話「忍城攻め」あらすじ 戦況(解説者 石田三成) 勝敗条件 武将データ イベント ミッション 撃破効果 アイテム配置 攻略アドバイス ☆猛将伝&Zの変更点 無双演武一覧 あらすじ くのいちの陰働きにより 上田城は守られた。 真田の力を認めた家康は、 本多忠勝の娘・稲姫を 幸村の兄・信之に嫁がせる。 一方、 天下は秀吉に傾きつつあった。 真田家はじめ、 諸国の大名がこれに従い、 抵抗が懸念された伊達家も 膝を屈する。 残すは小田原・北条のみ。 秀吉は諸大名に呼びかけ、 討伐軍を起こす。 幸村はこれに参戦、 くのいちも従った。 北条と聞いて気になるのは、 甲斐姫。 知己を敵とする複雑な気持ちは 胸にしまい、 忍びの務めに邁進するのだった。 戦況(解説者 石田三成) 我々は、北条の支城・忍城を水攻め中だ。 我がほうが数で圧倒しているが、 敵は抗戦を続けている。 ゆえに当面は、 防戦しつつ、目前の敵と当たる。 お前は北条氏邦を撃破せよ。 忍城城主の娘・甲斐姫を中心に、 敵に不穏な動きが見られる。 折を見て、排除する必要がある。 敵総大将・北条氏康を討てば勝利である。 だが、真田幸村護衛の任も忘れるなよ。 尽力し、己が責務をまっとうするのだ。 勝敗条件 勝利条件 北条氏康の撃破 敗北条件 石田三成と真田幸村いずれかの敗走 武将データ 豊臣軍 備考 北条軍 獲得 備考 石田三成 総大将 北条氏康 なし 総大将 島左近 甲斐姫 装備品 ミッションNo.4の撃破対象 真田幸村 敗北条件撃破効果No.1発動で効果あり 成田長親 装備品 撃破効果No.4の撃破対象 くのいち プレイヤー 北条氏照 巻物 撃破効果No.1の撃破対象 前田慶次 北条氏邦 素材 ミッションNo.1の撃破対象 直江兼続 伊東政世 素材 大谷吉継 千葉直重 巻物 撃破効果No.2の撃破対象 長束正家 皆川広照 素材 撃破効果No.3の撃破対象 佐竹義宣 笠原政尭 装備品 宇喜多秀家 撃破効果No.2の発動条件 風魔小太郎 装備品 ミッションNo.1達成後に出現ミッションNo.2の撃破対象 吉川広家 酒巻靱負 素材 ミッションNo.2達成後に出現 池田輝政 撃破効果No.2発動で出現 柴崎和泉守 素材 浅野長吉 正木丹波守 素材 中村一氏 北条氏光 素材 北条氏房 素材 壬生義雄 装備品 松田直秀 素材 上田憲定 素材 原胤長 素材 イベント ミッションNo.4達成後、前田慶次と直江兼続が敗走していなければ会話イベントが追加。 ミッション 番号 内容 備考 No.1 北条氏邦を撃破せよ! 達成後、風魔小太郎が出現 No.2 風魔小太郎を撃破せよ! 達成後、堤防が決壊し、水没していた地形が現れる豊臣軍は甚大な被害を被る北条軍援軍が出現し、豊臣本陣へ進軍開始 No.3 豊臣本陣を攻める敵を殲滅せよ! 敵武将が残り3名になった時点でミッション対象の印が出現達成後、全軍総攻撃開始甲斐姫が忍城の守りを強化忍城東門が開門 No.4 甲斐姫を撃破せよ! 忍びの道を使用し、東側から侵入する達成後、忍城がすべて開門 撃破効果 番号 内容 効果 備考 No.1 体力ゲージが赤い状態で北条氏照を撃破 真田幸村の防御力が一定時間上昇 No.2 宇喜多秀家の敗走前に千葉直重を撃破 池田輝政と浅野長吉と中村一氏が出現し、豊臣本陣を防衛 No.3 豊臣本陣にいる状態で皆川広照を撃破 素材を獲得 青小 No.4 豊臣軍の武将数が7人以上の状態で成田長親を撃破 石高を獲得 アイテム配置 携帯道具 壱 団子 団子 団子 大盛御飯 大盛御飯 大盛御飯 弐 団子 団子 大盛御飯 黒漆太刀 戦草鞋 戦草鞋 参 黒漆太刀 黒漆太刀 戦草鞋 戦草鞋 陣太鼓 蒔絵印籠 攻略アドバイス 風魔小太郎撃破後の堤防決壊イベントが本ステージ最大の転換点。 風魔小太郎撃破前に周辺の武将を予め全滅させておき、堤防決壊と同時に陣太鼓を使用するのが理想的流れ。 撃破効果No.1で幸村の防御力が強化されているうちに、風魔以外の武将を一掃しておこう。 撃破効果No.4発動を狙う場合、特に対策を練っておかないと、 堤防決壊からの敵の猛反撃で自軍は総崩れになるだろう。 ☆猛将伝&Zの変更点 ☆第2レア武器獲得ステージ。→第2レア武器獲得のポイントを見る 無双演武一覧 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 利根川の戦い 上田城の戦い 忍城攻め 三成救出戦 大坂の陣
https://w.atwiki.jp/trpgken/pages/1757.html
このページは神我狩キャンペーン「千年の黄昏」 第三話のページです。 今回予告 2015年11月1日。 空白の神様を討伐してから1週間。 相変わらず、英知の使徒と聖堂騎士団は激しく衝突しているが、 ミレニアムに対しては大きな動きがなかった。 しかし、それは双方の思惑によるものであり、新たな波乱の幕が開かれようとしていた・・・ 現代伝奇RPG 神我狩 千年の黄昏:第三話「三つ巴事変(後編)」 第4、第5の勢力により、戦いはさらなる混沌へと向かう PC表ハンドアウト(第二話 第三話共通ハンドアウト) PC1 秘書の話によると、どうやら遠江レンの件以降、カミガカリ関連の依頼や相談が減ったという報告を受ける。聖堂騎士団が何らかの干渉をしていることは明白だ。 一方、報告によると英知の使徒はミレニアムの素性を探っているようだ。協調か対立か、あるいは漁夫の利を狙うのか。判断の時が近づいている。 PC2 差出人不明のメールがまた届いた。 内容は、「聖堂騎士団の反逆者の1人が消滅したが、まだ情報が漏れているようだ。つまり1人以上、反逆者が残っている。」とのことだった。 聖堂騎士団の情報は重要そうなので、引き続き依頼を受けることにした。 PC3 ミレニアムの事務所に勝手に居座っているファルナだが、どうやら自身の宿敵である「空白の神様」について何か知っているようだった。また、何故かはわからないが彼女は自分に協力的なようだ。もしかしたら、「空白の神様」と何かしらのつながりがあるのかもしれない。 PC4 他の3人が気づいているかはわからないが、どうやら英知の使徒と思われるカミガカリにミレニアムの動向を監視されているようだ。聖堂騎士団のみならず、英知の使徒にも監視されるのは気分が悪い。まず、英知の使徒の動向を探っていくことにした。 GMの感想的な何か(2016/02/11 更新) ミドル戦闘 VS 天狗,仙人,鳳凰+魔法少女ホーリークロス 天狗強かったですね・・・ 3回行動はやはり脅威。物理ダメージ半減も地味に効いてましたし。 魔法少女ホーリークロスは強敵だと事前に言い過ぎた感もあって、若干拍子抜けだったかなとは思いました。 開始で太陽が出て、終了で月が出るっていう1ターンを1日に見立てたイメージだったんですが、そもそも月なんか出ませんでしたね(笑) クライマックス戦闘 VS ヴェルデ アルジェント マロン 結構いい勝負だったと思いました。アルジェントの防御力とマロンの回復力を2ターン目で打ち破ってきたので、ああPC達強いなと。最後のヴェルデの6回攻撃が不発に終わったのは少し悔しいですが、あれが発動していたらどっちが勝ってたかわかったもんじゃないので、まあこれで良かったのかなと。 でも、強化怪蟲人は倒したかったなぁ… 総合的な感想 えー、誰がどう見てもPC4回です。GMもそのつもりでした。 GMは宮原を拘束して放置プレイっていう展開を予測してなかったので、かなり焦りました。 宮原さんは生に執着しないキャラクターだったので、救う価値があるのかどうなのか見出すのが難しかったと思います。その点でPC達に迷惑かけたなと若干反省はしています。 戦闘は前回がハードだったので、これくらいがちょうどいいですかね。そこそこ焦る場面もありましたし。 第三話で一応ストーリーは一区切りになり、ここからは一気に本題である千年皇帝の話に進む予定です。 それでは次回をお楽しみに。 今回もGMは楽しかったです! 第三話の感想、質問用のコメントフォーム 私たちが神我狩壊しても頑張るGMを見て感動します!千年皇帝について何か知ってることが噂すぎるけどすごく怖いのが最高です、話で次に何が出るかいつもワクワクしてます(^w^)、3月もよろしくお願いします! -- 01000010 01100101 01101110 (2016-02-18 23 50 58) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/shousetsu/pages/716.html
「ちょっと待って下さい!」 サキアは声を張り上げて抵抗した。 「私はこの都市に勉学をしに来ただけでこの都市に武術を習いに来たわけじゃありません! それに、私はアステカを出る前に父に他の都市では武術をするなと誓約を立てています。 王を裏切ることなど、知識の玄人にあってはならないことです!」 「でも、この都市の場所が問題なのは君にもわかるだろ? エアフィルターが昔より発達したからと言っても、我々にはプロトを避ける力はない。」 「・・・・」 「この世界の食物連鎖に君臨するのは汚染に勝ち残った汚染生物とプロトのみだ。 汚染生物は下手に領域を荒らさなければこちらに害はない。 問題はプロトと呼ばれる生物たちだ。 彼は都市外追放という名の死刑を受けた者のなれの果て。 特に汚染のひどい場所に集まってくる。 この都市は彼らにとっては格好のえさ場だ。」 「でも、私は・・・・」 「その辺は君の父上に言って配慮して貰った。」 「え・・・・?」 「遠慮はいらんよ。」 女子更衣室で着替えているサキアの頭のなかで木霊する。 そして、それを行った時の顔も一緒に。 この都市にいる間はこの事を忘れないだろう。 「反則だよ・・・。 あんなの断れる訳ないじゃん・・・?」 着終わった制服に違和感を感じた。 小さいのではなく、ピッタリなのだ。 サキアは年の割には背が高いため、 平均的な身長に合わせると、どうしても小さく感じるのだがこの制服にはない。 しかも、長い間武術を続けていたため、腕が気にならない程度に長い。 でも、袖の長さに変化はない。 「ま、まさか・・・そんな父様が、仕組んだ?」 そう考えると、話が突発的だったのも説明が付く。 だが、何故、アステカを出る時に緊急事態以外は実力を出すなと命じたのだろうか? 父は謎多き人ではあるが、娘の自分でもサッパリである。 知らぬが花という言葉通り、知らぬ方が良いことなのだろう。 「(この事は忘れてしまおう。)」 そう思い、鞄を持って自分の教室に向かった。 そして、教室へ向かうサキアを影があることをサキアはまだ知らなかった。
https://w.atwiki.jp/sengoku3/pages/204.html
甲斐姫の章・第三話「忍城攻め」 甲斐姫の章・第三話「忍城攻め」あらすじ 戦況(解説者 北条氏康) 勝敗条件 武将データ イベント ミッション 撃破効果 アイテム配置 攻略アドバイス ☆猛将伝&Zの変更点 無双演武一覧 あらすじ その後も氏康・甲斐姫らは 周辺勢力の侵攻を許さず、 北条家は乱世に勢力を保ち続けた。 しかし時代は移り、 信長の後継者を自任する豊臣秀吉が、 天下の大半を手中に入れる。 秀吉に服従しない勢力は、 もはや氏康と、 奥州の伊達政宗を 残すのみとなっていた。 その政宗も、 秀吉が北条討伐の軍を起こすと 豊臣軍の壮大な軍容を前に、 ついに屈服。 北条軍は、孤立無援の状態となる。 絶望的な兵力差を 目の当たりにしながら、 甲斐姫は、 大切なものを守るために 果敢に出陣するのだった。 戦況(解説者 北条氏康) 豊臣軍の水攻めを逆手に取るぞ。 堤防ぶっ壊して、戦況を覆す。 てめえには工作地点まで行ってもらう。 まずは、前田慶次と直江兼続をぶっ飛ばして 砦を突破しやがれ。 手間取んなよ。 砦を抜いたら、急いで工作地点に向かいな。 早いところ堤防をぶっ壊さねえと 俺らの勝ちの目がなくなるぞ。 堤防が壊れたら、敵は押し流されちまうぜ。 とっとと真田幸村と伊達政宗を片付けて、 敵総大将の石田三成を倒してきやがれ。 勝敗条件 勝利条件 石田三成の撃破 敗北条件 北条氏康の敗走 武将データ 北条軍 備考 豊臣軍 獲得 備考 北条氏康 総大将 石田三成 なし 総大将 甲斐姫 プレイヤー 島左近 装備品 ミッションNo.2の撃破対象 北条氏照 真田幸村 装備品 ミッションNo.4の撃破対象 正木丹波守 伊達政宗 装備品 風魔小太郎 ミッションNo.3達成後に出現 前田慶次 装備品 撃破効果No.1発動で効果ありミッションNo.1の撃破対象 酒巻靱負 直江兼続 巻物 北条氏直 真田昌幸 素材 北条氏邦 大谷吉継 巻物 撃破効果No.2の撃破対象 北条氏政 長束正家 巻物 北条氏繁 佐竹義宣 素材 松田憲秀 撃破効果No.3発動で出現 宇喜多秀家 素材 撃破効果No.1の撃破対象 吉川広家 素材 池田輝政 素材 浅野長吉 素材 撃破効果No.4の撃破対象 中村一氏 素材 撃破効果No.3の撃破対象 くのいち 装備品 ミッションNo.3達成後に出現ミッションNo.5の撃破対象 イベント あらすじの後、ムービー「政宗参陣」が流れる。 工作地点に到達すると、ムービー『忍城・甲斐姫』が流れる。 ミッション 番号 内容 備考 No.1 前田慶次と直江兼続を撃破せよ! 達成後、北砦がすべて開門 No.2 島左近を撃破せよ! No.3 堤防を破壊するため、工作地点に到達せよ! 達成後、堤防が決壊し、水没していた地形が現れる豊臣軍は甚大な被害を被る北条軍の援軍が出現し、豊臣本陣へ進軍開始南砦と南東砦が開門し、真田幸村と伊達政宗が進軍開始奇襲のため、北西詰所にくのいちが出現 No.4 真田幸村と伊達政宗を撃破せよ! 両ミッション達成後、豊臣本陣がすべて開門 No.5 くのいちを撃破せよ! 撃破効果 番号 内容 効果 備考 No.1 撃破数が5以下で宇喜多秀家を撃破 前田慶次と直江兼続の体力が低下 No.2 コンボ数が200以上で大谷吉継を撃破 防具を獲得 No.3 開始から3分以内に中村一氏を撃破 北条氏康護衛のため、松田憲秀が出現 No.4 体力ゲージが赤い状態で浅野長吉を撃破 石高を獲得 アイテム配置 携帯道具 壱 団子 団子 団子 大盛御飯 大盛御飯 大盛御飯 弐 団子 団子 大盛御飯 当世具足 秘伝之書 蒔絵印籠 参 大盛御飯 黒漆太刀 霊鏡 秘伝之書 幻朧時計 変化宝珠 攻略アドバイス くのいちの進軍ルートは、北条氏照→酒巻靱負→北条氏直→北条氏邦→北条氏康。 撃破数5以下を満たすなら雑魚を氏康に散らさせるか、氏康に擦り付けるように誘導すると良い。 ☆猛将伝&Zの変更点 ☆第2レア武器獲得ステージ。→第2レア武器獲得のポイントを見る 無双演武一覧 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 利根川の戦い 天正壬午の乱 忍城攻め 葛西大崎一揆 大坂の陣
https://w.atwiki.jp/sengoku3/pages/264.html
戦国史二章・第三話「本能寺の変」 戦国史二章・第三話「本能寺の変」あらすじ 戦況(解説者 森蘭丸) 勝敗条件 武将データ イベント ミッション 撃破効果 アイテム配置 攻略アドバイス あらすじ 手取川にて上杉に大敗した信長だったが、 謙信病没の後、態勢を整え、 再びその勢いを取り戻した。 北陸に柴田勝家や前田利家、 近畿に明智光秀、中国に羽柴秀吉、などと 重臣を各地に派遣、天下布武を推し進める。 自身も天目山に武田勝頼を滅ぼし、 信長の勢いの前に、 天下統一は時間の問題であった。 その途、 毛利と戦う秀吉から援軍要請を受けた信長は 先発の援軍として光秀に出陣を指示。 自らも後発の援兵を率いるべく、 居城・安土城を発ち、京・本能寺に移る。 その時が、近づいていた。 戦況(解説者 森蘭丸) 光秀様ご謀反! 本能寺は囲まれています! 蘭が火を放ち、時間を稼ぎます。 信長様、その間にお逃げください! 信長様はここより、西へ抜け、 本堂裏門にいる斎藤利三と四王天政孝を倒し 先へ抜けてください。 そして、御牧兼顕を討ち、 表門広場へと向かってください。 時間がありません。なにとぞお急ぎを! 光秀様は…本気です。 信長様、どうぞご武運を! 勝敗条件 勝利条件 織田信長の表門広場への到達↓明智光秀の撃破 敗北条件 織田信長の敗走 武将データ 織田軍 備考 明智軍 獲得 備考 織田信長 総大将撃破効果No.2発動で効果あり 明智光秀 なし 総大将 濃姫 敗走時に討死一定距離に近づくと自動的に敗走 長宗我部元親 装備品 撃破効果No.3発動で効果ありミッションNo.5の撃破対象 森蘭丸 明智秀満 巻物 ミッションNo.4の撃破対象 織田信忠 斎藤利三 装備品 撃破効果No.1発動で効果ありミッションNo.2の撃破対象 織田信雄 明智茂朝 装備品 村井貞勝 安田国継 素材 ミッションNo.4の撃破対象 毛利良勝 明智光忠 素材 福富秀勝 四王天政孝 装備品 撃破効果No.1の撃破対象 菅屋長頼 谷忠澄 装備品 賀藤辰 福留儀重 巻物 撃破効果No.4の撃破対象 矢代勝介 桑名吉成 巻物 新武将 プレイヤー 妻木広忠 素材 津田信春 素材 撃破効果No.2の撃破対象 御牧兼顕 素材 ミッションNo.3の撃破対象 イベント ステージ開始直後に明智軍全軍が進軍開始。森蘭丸が本堂に火を放つ。直後、ミッションNo.1発生。 西のお堂に侵入すると伏兵の隠密頭出現、中央の庭園に侵入すると伏兵の鉄砲兵長出現。 基本的にはいずれか一方が出現する。 ミッション 番号 内容 備考 No.1 織田信長を表門広場まで護衛せよ! 達成後、明智軍兵士が多数出現勝利条件変更表門広場東門と表門広場北門が開門 No.2 1分以内に斎藤利三を撃破せよ! 達成後、第五のお堂南門が開門 No.3 御牧兼顕を撃破せよ! 達成後、表門広場西門が開門 No.4 安田国継と明智秀満の合流を阻止せよ! 終了後、第一のお堂西門が開門西のお堂侵入後、明智軍の隠密頭が多数出現西門通過後、明智軍の鉄砲兵長が多数出現合流阻止に失敗すると双方の伏兵が出現する No.5 長宗我部元親を撃破せよ! 発生時、第三のお堂南門が開門達成後、第三のお堂がすべて開門 撃破効果 番号 内容 効果 備考 No.1 騎乗状態で四王天政孝を撃破 斎藤利三の防御力が一定時間低下 No.2 織田軍の詰所の数が10以上の状態で津田信春を撃破 織田信長の体力が回復 No.3 コンボ数が200以上で詰所頭を撃破 長宗我部元親の攻撃力が一定時間低下 No.4 開始から8分以内に福留儀重を撃破 武器を獲得 アイテム配置 携帯道具 壱 団子 団子 団子 大盛御飯 大盛御飯 大盛御飯 弐 大盛御飯 黒漆太刀 当世具足 戦草鞋 霊鏡 荒御魂 参 団子 戦草鞋 戦草鞋 荒御魂 秘伝之書 金印 攻略アドバイス 制限時間は15分。しかも火災により体力が徐々に減少していく。(境内以外では減少しない) いかにスピーディかつ確実に、 ミッション・撃破効果を達成できるかが鍵となっている。 ミッションNo.1達成が遅れると、 撃破効果No.4はおろかシナリオクリアすら難しくなるので、 道中の敵は確実に倒しておくようにしよう。 なお、忍者武将なら忍びの道を通り、 ミッションNo.1達成前に撃破効果No.4をこなせる。 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 長篠の戦い 手取川の戦い 本能寺の変 山崎の戦い 賤ヶ岳の戦い
https://w.atwiki.jp/sengoku3/pages/401.html
森蘭丸の章・第三話「木津川口の戦い」 この無双演武は、戦国無双3・通常版ではプレイ出来ません。 森蘭丸の章・第三話「木津川口の戦い」あらすじ 戦況(解説者 明智光秀) 勝敗条件 武将データ イベント ミッション 撃破効果 アイテム配置 攻略アドバイス 無双演武一覧 あらすじ 蘭丸やガラシャの活躍もあり、 長篠の戦いは織田の勝利で終わった。 武田を滅ぼした信長は さらに勢いを増し、畿内を制圧する。 しかし、苛烈な信長の世を 否定する勢力が 互いに手を組んで反抗を繰り返し、 信長による天下統一を遅らせていた。 反信長勢力の主力は、 紀州の鉄砲傭兵集団・雑賀衆と、 稀代の謀将・毛利元就。 彼らを根絶やしにすべく 巨大な新型軍船を建造した信長は、 木津川口へと兵を進めた。 蘭丸は、信長の天下のため、 情けを捨てて敵を討つべく 参戦していた。 戦況(解説者 明智光秀) 我々は雑賀衆、 そして彼らを支援する毛利を討ちます。 まずは雑賀衆を討ち、進路を確保します。 その後新型戦艦の援護射撃を受けつつ、 知将・毛利元就の討伐を目指しましょう。 信長様はもちろん、戦艦を操る九鬼殿、 そして私のいずれかが討たれると敗戦です。 護衛、よろしくお願いしますよ、蘭丸。 恐らく…凄惨な戦になるでしょう。 しかし今は、信長様の道を信じて進むのみ! 勝敗条件 勝利条件 毛利元就の撃破 敗北条件 織田信長と明智光秀と九鬼嘉隆いずれかの敗走↓織田信長と明智光秀いずれかの敗走 武将データ 織田軍 備考 毛利軍 獲得 備考 織田信長 総大将 毛利元就 なし 総大将 明智光秀 敗北条件 毛利輝元 装備品 撃破効果No.4の撃破対象 長宗我部元親 吉川元春 装備品 ミッションNo.3の撃破対象 羽柴秀吉 小早川隆景 巻物 濃姫 天野隆重 素材 森蘭丸 プレイヤー 乃美宗勝 素材 九鬼嘉隆 敗北条件ミッションNo.2の成功条件ミッションNo.2終了後は一般武将 穂井田元清 素材 ガラシャ プレイヤーの護衛に回る 南方就正 素材 安国寺恵瓊 素材 村上吉充 素材 村上武吉 巻物 口羽道良 素材 撃破効果No.2の撃破対象 福原貞俊 素材 児玉就方 巻物 ミッションNo.3の撃破対象 平賀元相 素材 村上景広 素材 市川経好 素材 宍戸隆家 素材 下間頼廉 装備品 土橋守重 素材 ミッションNo.1の撃破対象 岡吉正 素材 雑賀孫六 素材 堀内氏善 素材 雑賀孫市 装備品 ミッションNo.1達成後出現ミッションNo.2の撃破対象 イベント あらすじの後、ムービー「潮」が流れる。 シナリオ終了後、ムービー「動揺」が流れる。 ミッション 番号 内容 備考 No.1 雑賀衆武将を殲滅せよ! 開始時、織田軍旗艦の攻撃準備が開始土橋守重と堀内氏善を撃破後、雑賀衆の民兵が降伏するが討死隣接の軍船に架橋達成後、雑賀孫市が出現雑賀孫市が九鬼嘉隆へ進軍開始 No.2 雑賀孫市が九鬼嘉隆に接近する前に、雑賀孫市を撃破せよ! 終了後、織田軍旗艦が砲撃開始敗北条件変更毛利軍船に架橋織田軍が進軍開始 No.3 毛利軍船上の毛利軍を撃破せよ! 達成後、毛利軍旗艦に架橋織田軍旗艦が砲撃開始風魔小太郎が出現し、森蘭丸へ進軍開始 No.4 3分以内に、100人撃破せよ! 撃破効果 番号 内容 効果 備考 No.1 開始から3分以内に詰所頭を撃破 織田軍の移動力が一定時間上昇 No.2 携帯道具が未使用の状態で口羽道良を撃破 織田軍の体力が回復 No.3 撃破数が200以上で詰所頭を撃破 織田軍の攻撃力が一定時間上昇 No.4 織田軍の詰所の数が5以上の状態で毛利輝元を撃破 石高を獲得 アイテム配置 携帯道具 壱 団子 団子 団子 大盛御飯 大盛御飯 大盛御飯 弐 団子 団子 大盛御飯 黒漆太刀 当世具足 荒御霊 参 団子 兵糧丸 霊鏡 荒御霊 蛭巻小太刀 陣太鼓 攻略アドバイス 無双演武一覧 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 姉川の戦い 長篠の戦い 木津川口の戦い 手取川の戦い 本能寺の変
https://w.atwiki.jp/jaeger/pages/142.html
更に数ヶ月の月日が経った。 文字はもう完全に覚えた。練習のための紙と墨の代金が高額だったり、たまに文法で間違えるところはあったりするが問題はない。 おかげで最近は、織田家で事務方の仕事もやらせてもらえるようになった。 それまではたまに信長様に面会して、世界の歴史や産物、地理、そして俺が持っていた本について語らされるのが主な俺の仕事だった。 俺がここに飛ばされ、鞄ごと荷物が没収されて牢に閉じ込められていた時、信長様はその俺の鞄に入っていた書籍を読む機会があった。 読んだ本は、植物図鑑と化学や数学の教科書、簿記の参考書だったらしい。 ただ、植物図鑑は兎も角、化学や数学、簿記で使われているアラビア数字は流石に読めなかったため、書いてある内容が理解できなかったようだ。 但し、本に使われている素材や本にプリントされている写真に強い興味を抱き、ついでにそれらを持っていた俺にも好奇心を持ったそうだ。 それで俺を召抱えて内容を聞く事にしたみたいだ。ただ、その時点で既に海外の状況も詳しく知りたいようであったが。 まぁ、それらの本以外にも、鞄にはこの時代の人間に見られたら特にやばい本が入っていたのだが、鞄の中に更に収納スペースがあることに気づかなかったようなのでスルーされたようだ。 ジッパーを飾りか何かだと思ったのだろう。元々、鞄自体は最初から開いていたから中身は簡単に見れたのだろうが、ジッパーのついている部分は開けられた形跡がない。 でなければ、真っ先にその本について問い詰められているだろうと身震いする。 まぁ、俺の仕事はそういう楽なものだったので悠々自適に生活できた。 自分の屋敷も貰い、最初は日常生活で苦労を強いられたものの、俺の世話のために女中さんを三人付けられてからは相当楽だった。 自分の主観であるが、全員可愛らしい容姿をしていたというのも目の保養から言ってよかった。 ただ、問題は背が低くて、まだ子供にしか見えないというところで、それが俺の罪悪感をチクチク刺激してちょっとストレスを感じたという事だろう。 この時代では平均身長自体が低い。だから、それはもう仕方のないことなのだと諦めるしかないのだが、慣れるまでまだ多少の時間が必要に思えた。 まぁ、とりあえず、俺の生活自体はそれなりに不満はあったものの、最悪なまでに悪いというわけではない。 そうして毎日が穏やかに過ぎていく―――はずだった。 だが、そうなる事は無かった。 この数ヶ月の間で、俺は決定的に変わる事を余儀なくされた。 思えば、最初から俺は色々と楽観視しすぎたのだ。 それは現実逃避だったのかもしれないと思う……いや、事実そうだったのだろう。 命の価値がとことん軽い戦国時代に自分がいることを認めたくなくて、無定見に何とかなるとか大丈夫だとか決め付けていた。 ただ、そういう気楽さによって、異常な状況に置かれた自分の精神を安定させる事が出来たのは良い点ではある。 ひょっとしたら、自分の無意識が俺の精神を守るために、そのように考えさせたのかもしれない。 気晴らしに書いた現実から戦国 第三話「戦国時代の現実」 「親父様! ただ今帰りました!」 玄関から聞こえる元気な子供特有の声。 俺はそれを聞くとニコニコしながら声の下へと歩みを進めた。 向かった玄関にいたのは、やはり子供、男の子だった。 この時代では、さして珍しくない麻布の衣服を身に纏い、ちょこんとそこに立っていた。 俺はその男の子に優しく語り掛ける。 「ああ、平太郎おかえり。五郎と三郎太はどうしたんだい?」 「二人は荷車を片付けています! オイラは皆で帰ってきたって、親父様に伝えにきました!」 「そうか。じゃあ、手足の土を洗い落としてきなさい。団子を用意させるから、二人が戻ってきたら皆で一緒に食べよう」 「はい、親父様!」 ぺこっと一礼して小走りに去る平太郎。 俺はそれを見て一息ついていた。 今、俺の屋敷には自身を含めて男が六人、女中三人を含めて女が八人、全部で十四人が住んでいる。……かなりの大所帯だ。 ただ当然ながら、これら全員に対して血縁関係はない。その殆どが個人的に引き取ったものたちである。 そして、引き取った彼ら彼女らは孤児だった。 この戦国時代において、戦災孤児というものは全く珍しくない。 それこそ幾らでもいるし、そうした者達が野垂れ死ぬのも当たり前の時世だ。 また、孤児は戦災孤児だけというわけではない。 医療がまだまだ発達していない以上、流行り病で親がぽっくり亡くなってしまうこともある。 乳児の死亡率だって信じ難いほどに高いし、その母体である母親も出産で亡くなる危険が大きい。 それに事故で川に落ちたり、高所から転落したり、何かと死ぬ危険はある。様々な事に対して安全基準が確立されていない事も大きいだろう。 これらを原因としながら、戦国乱世という混迷の時代が孤児の発生を助長させていると言える。 そして、俺はそういう状況で、親を亡くし、親戚にも引き取られず、自力で生活していく力のない孤児たちを引き取って面倒を見ていた。 最初は同情心からだった。現代の日本社会で生まれ育った俺にとって、この時代の孤児たちがそこらの道端で野垂れ死んでいく姿は衝撃的でありすぎた。 引き取ったあと、まずは看病が必要だった。酷く痩せて弱っていた子らが多く、それらには女中に命じ、米の研ぎ汁を温かくして少しずつ与えた。 いきなり粥や飯を与えると、胃がやられ、最悪死ぬ危険性があると判断したからだ。 あとは、お湯で濡らした布を使って身体を拭いたり、暖かくさせて寝かせたりした。 それでも亡くなる者が出る。その度に悲観に暮れもした。 だが、亡くなる者もいれば助かる者もいる。そういった者たちは、継続して面倒を見ていった。 順調に回復していくと、彼らはとても俺に懐いてくれた。感謝してくれた。そして俺のために働きたい、何かしたいと言ってくれた。 これが兎に角、嬉しかった。気恥ずかしさも感じていたが、それを超えるくらいに嬉しかった。 それにまだ俺は自身のことを一介の大学生に過ぎないと考えていたのに、彼らは俺のことをとても慕って親父様と呼んできた。 父親と呼ばれるにはまだまだ早いと感じていたし、お兄さんと呼んで欲しいとも思ったが、この時代では俺くらいの年の父親なんてたくさんいる。 だから、好きに呼ばせることにしていた。そのまま家にも置いた。教育も始めているし、武芸は教えられなかったが、基礎体力トレーニング程度なら教えていた。教えるたびに彼らは喜んだ。 充実感があった。 大学生として学校に通っていた頃は、ただ将来を漠然と考えて、毎日を無為に生きているだけだと感じていた自分にこんなにできるとはまるで思っていなかった。 なのに、ここではこんなにも感謝されて、喜ばれている。これ以上のことはないと、深く感じた。 だが、俺は現実的な問題にも直面する。経済的に限界になりつつあったのだ。 あくまで手持ちの金は信長様から頂いた20貫。数日面倒を見るだけなら十分だ。 だが、長期的に、そして大人数をとなると話が違う。とてもじゃないが、面倒なんて見切れない。 この事に気づいたときの絶望感は重かった。とことん、重かった。 所詮、俺の経済状況で引き取れる数なんて高が知れていると、気づかされたのだから。 俺が救える数には限りがある。俺の手は、そんなに長くは無かったのだ。 でも、俺はこの事に関しては簡単に諦められなかった。だから考えた。何か方法があるんじゃないのかと。 そして考えた末に結論を出した。出世だ。織田家での出世、栄達。 結局、俺の手を伸ばすには、より多くの孤児たちの面倒を見るには、出世するしかない。 だから織田家で働く。そして、家中のものたちにも信頼され、何より信長様に気に入られるのが大事になる。 そうすれば、出世もしやすい。立ち回りが重要になるだろうし、他者からの妬みや恨みを買いかねないが、それでもやらなければならない。 だから、どれだけ屈辱的なことだろうと我慢しよう。出世できるなら媚も売ろう。腹黒いことだってやってやる。 ……もうその覚悟は出来ているのだから。 すぐには上手くいかないだろう。しかし、焦らずに慎重に動く。 それに具体的な用途こそ、ろくに考えていなかったが、既に将来のために硝石作りで資金も集めている。これもいずれ何かに生かされるはずだ。 勿論、この資金から孤児たちの養育費も一部出している。清い金とは言えないが、それでも孤児たちのためになるのなら使うに決まってる。 だが、あまり派手にやりすぎれば俺のしている事がばれて、俺も彼らも首を刎ねられかねない。そうなれば本末転倒だ。 だから、多くの孤児たちを満足に助ける事が出来ない現状に我慢しながら一歩一歩、確実に前に進むしかない。 不正に得た金銭によってコソコソ動くのではなく、堂々と大手を振って、大勢の孤児たちを助けれるようになるためには、それしかないのだ。 「親父さまー、片付け終わりましたー!」 「ましたー!」 長々と考え事をしているうちに、もう残りの子供たちが帰ってきていた。 すぐさま帰ってきた彼らを暖かく微笑んで出迎える。 「おお、おかえり。五郎も三郎太も、ご苦労様。団子を用意させるから、手と足を洗っておいで。平太郎はもう向こうにいるから」 「はい!」 「はーい!」 はしゃいで走り去る彼らの姿を見て、自然と胸中に穏やかな気持ちを抱く。 彼らには、ずっと笑っていて欲しいと、つくづく思う。そして、彼らを見守り育む事こそが今の自分の役割なのだ。 そのように己の使命感を更に強め、決意を新たにする。 ―――この両手で、より多くを絶対に救い上げてみせる。たとえ、どんな事をしようとも。 戻る
https://w.atwiki.jp/dirista/pages/90.html
修行少年~第三話~ 「これから、修行を開始する!」 クロノスの声に、ゴクリと息を呑むコウヘイ。 「まずは、ポフィン取りじゃ。」 コウヘイは扱ける。 「・・・なぜ、ポフィン?」 しかし、クロノスは髭を撫でながら 「あそこを見ろ。」 クロノスの指を指す先を見ると、 対となるように、テーブルと椅子がある。 「あそこに座り、一個のポフィンを取り合う。どうじゃ、簡単じゃろ?」 コウヘイは頭を掻く。 「なんの意味が・・・」 しかし、コウヘイの意見は無視され、仕方なく、ポフィン取りを開始する。 しかし、コウヘイは苦戦する。 コングの合図と共に、ポフィンを取るだけなのに、クロノスから取れない。 そして、ポフィン取りが終わる。 「・・・なんで・・・。オレ、勝てないのかな?」 コウヘイが項垂れて言う。 「それは、お前の心にアリ!最後の修行は、ポケモンとの会話!それだけじゃ!」 クロノスはコウヘイのモンスターボールを 取り出し、ポケモンを出す。 そして、コウヘイはポケモンと向き会う。 ≫第二話へ ≫第四話へ
https://w.atwiki.jp/masayoshizard/pages/111.html
第三話『酒』 ヘクターと一緒に酒場に入ると、店主が威勢よく挨拶してきた。 取り敢えずエール酒と何かつまめる物を注文し、俺達は席についた。 「賑やかだな…」 と、先程のヴァイスとの会話を思い出すように俺は口を開いた。 「ああ、そうだな!」 ヘクターは、エール酒の入ったピッチャーをあおりながら、頷く。 「俺がアバロンにやってきて10年が経ったが、夜の繁華街は相変わらずの盛況っぷりだ」 「そういや、お前とは、入隊試験以来の付き合いだったな。 俺はもともとこの辺の出身だからよ…こういううるせぇのも結構好きなんだがよ。 お前は、どっかの田舎地方の出身じゃなかったか? 10年も経てば、こういった場所も慣れたか、流石に」 ヘクターは、冷やかすように笑った。 「うむ、嫌いというわけではないが、好きって程でもないな。 たまに田舎の静けさが懐かしく感じる時もある。 だが、正直…ただの町の不良にしか見えなかったお前が試験に合格するなんて思ってなかったぞ」 「お前も割りとひどい事言うな…まあ、あん時は俺も若かったからなぁ…。 やんちゃもしたものさ」 「ジェラール様が即位なされた時もお前ってば、駄々こねてなかったか?」 「あれかぁ~~。 俺は、もともとレオン様の強さに惹かれて入隊したようなもんだからな…。 ジェラール様があんなに強かったなんて思いもしなかったんだよ」 酒も入ってか、今日のへクターはお喋りだった。 「レオン様か…あの方は皇帝なのに前線に出てくる化け物だったからな」 「もともとな、俺は、町では結構な悪だったんだよ。 …んで、何でか忘れたけど、度胸試しって感じで、モンスター退治に行ったんだよな」 なるほど、まあ、分かる気はする。 「へぇ…それで結果は?」 「いや、殺されるかと思った…」 へクターは肩をすくめて、苦笑いした。 まあ、町の力自慢の少年が勝てるほど、魔物も甘くも無いだろうしな。 「それで、そん時たまたま通り掛ったレオン陛下に助けられんだ。 あの頃は、まだひげも生えてなくてな…」 とへクターは、懐かしそうに語る。 「いや、俺ってチビだろ。 昔っからそれで馬鹿にされるのがイヤでよ…突っ張ってたんだが」 単純だなあ…。 「何つーかなぁ、レオン様が死んだ直後ってのに、あんな気丈に振舞える―― そんなジェラール様が羨ましかったのかもなァ…。 ってか、俺もだいぶ酔っちまったみたいだな…」 とへクターは照れ臭そうに笑った。 「…いや、たまには、しこたま酒を飲むのも悪くはない」 そして、ゆっくりとエール酒を飲み干し、喉を潤した。 そして、夜も更けた…。 「あー、飲みすぎたぜ…おえっぷ」 「調子に乗り過ぎだ。馬鹿」 俺は、へクターに肩を貸しながら城への石階段を上る。 「…そうだな、わりぃ」 そのまま兵舎の方へと向かう。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 「俺の部屋は向こうだが、へクター、一人で帰れるか?」 俺が頷くと、ベアは手を振って、部屋へと戻っていった。 ったく世話焼きなヤツだぜ。 だが、ちっと飲みすぎたな。 もう少し酔い覚まししてくるか――ってあれ? 便せんが落ちてる。 それを拾う…ベア宛か? 落として行きやがったか…しっかりしてんだか、うっかり者なんだか、わかんねーやつだぜ。